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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第91話 何でも知ってるんだね


 明後日になって燈香と丸田が登校した。


 選手権大会はぶっ続けに行われない。負けたサッカー部はともかく、勝ち抜いた女子バレー部は日を置いてまた公欠だ。


 つかの間のにぎわいが教室内を華やがせる。


 燈香の周りに女子が集まった。燈香を中心に、チームが勝ち進んでいることへの賞賛が飛び交う。


 知っている女子がいたのか、燈香が試合に出ていないことも挙げられた。


 燈香は苦々しく口角を上げるだけで苦言を呈することもなかった。


 様子がおかしい。


 でも燈香に直接聞くのははばかられる。初詣の様子からして、丸田や魚見に相談するのもいかがなものか。


 意見を聞くなら燈香の事情を知っていて、なおかつ口の堅い人物が好ましい。


 そんな人物、心当たりは一人しかいない。


 四時間目の授業を終えてお昼休みを迎えた。俺はお手洗いを理由に教室を後にする。


 別クラスの生徒とすれ違って目的の教室をのぞき込む。


 いない。念のため他の生徒に片桐の所在を問うと、食堂で友人と昼食を摂っていると告げられた。


 片桐の周りには他の女子がいる。燈香のことを訊くのは都合が悪い。

 

 俺は教室に戻った。そそくさと弁当箱を用意して魚見たちと同じ机を囲み、手早く容器の中身をお腹に収める。


 一足早く昼食を摂り終えて椅子から腰を浮かせた。弁当箱の容器を通学カバンに片づけて再び廊下の床を踏みしめる。


 片桐はストイックなタイプだ。まだ試合をひかえる現状でお昼休みをのんびり過ごすわけがない。


 予想通り体育館にはすらっとした立ち姿があった。真剣な顔つきが息をついてボールを放り投げる。


 長い腕が振るわれた。乾いた音に遅れて白い球体が浅い角度で突き進む。


 ダンッと大きな音が鳴り響いた。奥の壇に跳ね返って白いボールが床の上を跳ねる。


 片桐が腰を落としてボールを拾い上げた。


「何?」


 問いかけられて思わず背筋を伸ばす。


 一応周囲を見渡して、他に人影がないか確認する。


「あんたに話しかけてんだよ萩原」


 反応に困って右腕を九十度に曲げる。


「よ、よう。女子バレー勝ったんだってな」

「まあね」


 ボールが片桐の手を離れた。すらっとした長身が助走をつけて床を蹴る。


 打撃音に遅れてボールが先程と似た軌道を描く。


「で?」

「でって?」

「何か用があるんでしょ? でなきゃあんたが私に話しかけるとかあり得ないし」

「用がないと話しかけちゃ駄目なのか?」

「少なくとも私がグループから離れてからは一度も話しかけてこなかった」


 口をつぐむ。


 片桐の言う通りだ。俺はグループから離れた片桐に対して特にアプローチをとらなかった。片桐には何の思い入れもなかったし、嫌われているなら無理に接する必要もないと考えていた。


 それは今も大して変わらないけど、他人に指摘されると妙な罪悪感がある。


「ずっと見られてると集中できないんだけど。用がないならどっか行ってくれない?」

「用はある」

「じゃあ言えば?」


 横目を向けられてて口元を引き結ぶ。


 言いなりになるのもしゃくで言葉を紡ぐ。


「ジャンプサーブってさ」

「ん?」

「みんな同じ感じになるわけじゃないんだな」

「そりゃそうでしょ。みんな身長やジャンプ力違うんだから」

「燈香と片桐はどっちがサーブ強いんだ?」

「私」

「自信家だな。知ってるぞ、昨年一年生でレギュラーに指名されたのは燈香だけだったんだろ?」

「よく知ってるね。さすが教室の隅から燈香を盗み見してただけはある」

「一年生の頃は燈香の方が上手かったんだな」


 練習をする横顔が微かにしかめられた。


「そうかもね。サーブもスパイクも、一年生の時は燈香の方が上手かった」

「やっぱりか」

「勘違いしないで。そもそも私本来はセッターだから。昨年の時点でも私の方がトス上手かったから」

「悔しいでしょうねぇ」

「サーブすっから顔面で受けろ萩原ァ」

「わあ待った待った! 謝る! 謝るからよせ!」


 宙に放られたボールが重力に引かれて片桐の手に収まった。


 左肩を向けられて内心ほっと胸をなで下ろす。


「少しは身の程わきまえてしゃべりなよ。どうせ燈香を助けた時も何も考えずに突っ込んだんでしょ」

「それで燈香を助けられたんだからいいだろ」

「どうだか。案外でしゃばらなかった方が良い方向に転がってたかもね」


 まるで助けなかった方がよかったみたいな物言いにむっとする。


「どういう意味だよ」

「そのままの意味。燈香が控えになったのはあんたのせいだと思ってる」


 息をのむ。


 察してふっと口角を上げた。


「その手に乗るかよ。煙に巻こうったってそうはいかないからな」


 俺が知らないことをいいことに、思わせぶりなことを告げて思考の負担をかける。林間学校のルームメイトがやった姑息な手だ。嫌がらせに決まってる。


 片桐が手を止めて目を丸くする。


 口の端が意地悪気に吊り上がった。


「ふーん、ずいぶん決めつけるね。あんた頭良かったもんねー」

「な、何だよ」

「別に。そうそう、頭良かったあんたならこれも知ってるよね? 無知の知ってやつ」

「ソクラテスだな、自分が何も知らないことを知ってるっていう。俺がそうだって言いたいのか?」

「さあ? ただ、今の萩原は何でも知ってるんだなーと思って」


 皮肉たっぷりな言葉を耳にして眉根が寄る。


 今の片桐からは明確な悪意が感じられた。


「それで? 全知の萩原君は一体何が知りたいのかな?」


 俺は靴裏を床に貼りつける。


 きびすを返したい衝動に抗って口を開いた。


「燈香のことだ。最近元気ないんだけど何か知らないか?」

「レギュラーから外れて落ち込んでるだけじゃない?」

「チームメイトに対して冷たくないか? 他に言うことあるだろ」

「そういう言葉は仲のいいお友達がぶつけてるでしょ」


 思い至る節があって口をつぐむ。


 鞭のようにしなった腕がボールを打ちすえた。


「用が済んだらどっか行ってくんない? 私あんたのこと嫌いだから」


 知ってるよ。口を突こうとしたその言葉を呑み込む。


 代わりにそうかよと言い残して体育館を後にした。

 

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