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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第90話


 燈香と別れた後で魚見たちと合流した。


 周りが人だらけでもスマートフォンがあれば待ち合わせは容易だった。携帯端末のない時代を生きた人々はこういう時どうやって合流したのだろう。


 そんなことを考えながら歩く内に呼びかけられた。眉で逆ハの字を描いた魚見に苦言を呈されて、何か一品奢ることを約束させられた。


 俺の小銭がたこ焼きに消えた。


 一個あーんしてもらったのは怪我の功名と言うか、嬉しいハプニングだった。丸田のあーんはつつしんで遠慮した。


 その日はお参りを済ませて解散した。落ち込んだ燈香を見て、自分たちだけで楽しむことに罪悪感を拭えなかった。


 翌朝の朝は餅を醤油ときな粉にまぶした。先日とは違うしょっぱさと甘さは贅沢味があって満足感にひたれた。


 明後日あさっても明々後日しあさっても餅。


 噛むたびに餅がもちもち。もう何かもっちもちだった。 


 そして迎えた登校日。足を運んだ教室に燈香の姿はなかった。


 全日本バレーボール高等学校選手権大会の日だ。ベンチ入りの燈香でもチームが勝ち進む内は登校の義務から解放される。


 いつもより静かな教室で授業と休み時間を繰り返す。


 席に着いていると燈香の席が視界内に収まる。


 今までは休み時間のたびにひまわりのような笑顔が室内を華やがせたものだけど、今日は椅子の上がぽっかりと空いていて強い寂寥感がある。


 お昼休みを迎えた。


 魚見と机をくっ付けて、弁当箱の裏で机の天板を鳴らす。


「二人きりだね」

「クラスメイトはいるけどな」


 眼前の笑みが不満げにむっとする。


 丸田もサッカーの試合で校舎内にはいない。今日の昼食は二人だけだ。


 今さらだけど仲良くなったものだなぁと思う。


 数か月前までは友達の友達だった。そんな状態で向かい合ったら気まずいなんてもんじゃない。魚見が言葉もなく別グループに入っていたまである。


 年が変わる前に魚見と仲良くなって良かった。昨年の自分にグッジョブを送って弁当箱の蓋を開ける。


「丸田って試合に出るんだっけ」

「んにゃ。確かベンチだったはずだよ」

「びっくりするよなサッカー部の先輩。初めて見た時ラグビー部かと思った」

「ああ、古郡ふるごおり先輩ね。私も初めて会った時驚いたなぁ。丸田の頭わしづかみにして引っ張ってくの」


 丸田の頭をわしづかみにしたゴリラを思い出す。


 あの人古郡先輩って言うのか。名字まで強そうだな。


「丸田っていつも部活を抜け出してるのか?」

「さあ? 個人的にサボり魔って印象ないし、あいつなりのコミュニケーションじゃないの」

「コミュニケーションって奥が深いな」

「何分かったようなこと言ってんの。それに関しちゃ敦なんて生まれたての赤ちゃんじゃん」

「赤ちゃんは言い過ぎじゃないか? 俺だって多少は」

「多少は?」

 

 口をつぐむ。


 魚見たちなしに俺が築いたつながりはいくつあるだろう。


 あったような、なかったような。


「よちよち、落ち込まなくていいんでちゅよ?」

「今から魚見はちを使うの禁止な」

「よしよし、なでなでしてあげましゅからねー」

「そういうことじゃなくて」


 魚見が愉快気に小さく体を震わせる。


 おちょくられるのはこそばゆいけど、下手に制限して会話がなくなるよりはマシか。


 ふと思いついたことを口にする。


「魚見は演劇で上手く行かなかったことあるか?」

「どうしたの突然」

「いや、何となく」


 魚見がタコさんウインナーを口に入れてもぐもぐする。


 飲み下す音に続いて桃色のくちびるが開いた。


「上手く行かなかったことはあるよ。周り見渡せば私より上手な人であふれてるし、監督に解釈違いを指摘されたことも一度や二度じゃない」

「その時落ち込んだか?」

「少しね。でも負けてたまるかって奮起した」

「どうやって?」

「考え方を変えたの。できなかったことをできるようになれば、それはつまずいた時の自分よりも成長したってことじゃん。最高の瞬間でしょ」

「前向きだな」

「そうじゃなきゃやってらんないからね」


 子供っぽい笑みを前に意図せず口元が緩む。


 できないことができるようになると楽しい。俺も勉強や資格の勉強で似た経験をした。


 勉強にしろゲームにしろ、成長した実感がないと続けるのは難しい。魚見も演劇の楽しさを活力にして苦難を乗り越えてきたのだろう。


 でも成長するのは自分だけじゃない。


 周りも各々壁にぶち当たって、それを乗り越えるためにあがく。乗り越えられず挫折する人がいれば、壁を駆け上がって一回り成長する人もいる。


 もし自分を取り巻く人がそういう人ばかりだったら?


 自分は事情があって練習できず、復帰後に成長した仲間たちを目の当たりにしたら、魚見はポジティブ精神のままでいられるだろうか。


「一応言っとくけど、私が劇団に属してることは内緒にしてね? 燈香と敦にしか教えてないんだから」

「分かってる。誰にも言わないよ」


 俺は箸を握る指に力を込めて、口に食べ物を運ぶ作業を再開した。


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