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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第88話


 年越しそばを食べて新年を迎えた。両親に明けましておめでとうを告げて洗面所に足を運ぶ。

 

 顔に冷水を叩きつけた頃に間延びしたおはようを耳にした。タオルで水滴を拭き取って寝ぼけ眼の妹とあいさつを交わす。


 お椀が食卓を飾った。箸の先端で焦げ目のついたもちを具だくさんの汁に沈ませる。


 テーブルの上を飾るもう一品もやはりもち。二個目は砂糖がしみ込んだあずきにまぶす。


 甘さとしょっぱさ。無敵な組み合わせを口にしてもっちもちの幸福を味わった。


 自室で勉強机に向き直って時間を潰した。身支度を済ませて玄関を後にする。


 つんざくような空気を突っ切って目的地へと歩みを進める。


 目的地が近づくにつれて華やかな着物姿がちらつく。


 上へ続く段差に足をかけた。他の背中に続いて階段を上った末に鳥居を潜り抜ける。


 待ち人の姿はない。スマートフォンを取り出して時間を潰す。


「あーつしっ」


 スキップするような弾んだ声を耳にして顔を上げる。


 息を呑む。


 大人びた麗人が立っている。ほのかに化粧を施された顔は大人びていて、名前を呼ぶ行為が阻害された。


 身なりは着物。さわやかな色合いをバックに花柄が散りばめられている。付加された雅な雰囲気が普段とのギャップを際立たせる。


「魚見、だよな?」

「なにその反応。ベタだねー」

「よかった、俺の知ってる魚見だ」

「どういう意味よ」


 両手で頬をぺちんとされた。


 手の平から伝わる冷たさ以上に、色気を増した端正な顔立ちが迫ったことにぴくっとする。


 桃色のくちびるが意地悪気に吊り上がる。


「あ、今びくってした」

「冷たいからな」

「背中に手入れていい?」

「駄目に決まってるだろ」


 ただでさえ男性の視線が集まってるんだ。そんなことされたら嫉みの視線に刺されながら初詣をする羽目になる。


 魚見が上目遣いを向けた。


「ところで何か言うことない?」

「似合ってるよ」


 双眸が丸みを帯びた。


「素直にほめるんだ」

「変か?」

「いや、ちょっと意外だったっていうか」


 魚見が照れくさげに顔をそむける。


 今日の魚見は非の打ちどころがない。ここまで完璧に仕上げられると茶化す気にもなれない。


 結果的にはそれが功を奏したようだ。普段翻弄される側だから妙な優越感が込み上げる。


 やがて丸田が現れた。


 階段の下からではなく人混みから。先に一人でお祭りを楽しんでいたらしい。


 三人揃ったのを機に靴裏を浮かせた。通路に沿って並ぶ屋台を視線で薙ぐ。


「やっぱ屋台って言ったらたこ焼きだろ」

「俺焼きそば派」

「野郎の意見なんぞ聞いてねえ」

「焼きおにぎりじゃなくていいの?」

「穏やかで優しい僕ちんでも怒るぞ?」


 いつもの調子で賑やかな空間を突き進む。


 それだけに一人いないことが心の片隅に引っかかる。


 今は何をしているんだろう。


 大晦日おおみそか元旦がんたんは休みと言っていたし、一月の大会に向けてボールを上げているんだろうか。


「次はお好み焼きだー!」

「あ、待て俺が先に並ぶ!」


 二人が駆け出す。


 俺は苦々しく口角を上げて靴裏を浮かせる。


 そよ風が吹いた。明るい色合いの長髪が軽やかに踊る。


 髪の動きにつられて視線を振った先には見知った顔があった。


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