第86話
終業式の帰り道。俺たちはファミレスに足を運んだ。
騒がしい空間を突っ切って友人と同じテーブルを挟み、メニューブックを開いて鮮やかな料理の写真を吟味する。
全員注文する品が決まったのを機に腕を伸ばした。呼び出しボタンをプッシュして店員に各自料理の名前を口にする。
小さくなる背中を見送って、ふと思い浮かんだことを言葉にした。
「そういえばこの前片桐に会ったよ」
「またなつかしい名前出してきたな。いつだよ?」
「プレゼントを選んでる時だからクリスマス前だな。悩んでた俺にアドバイスくれたんだ」
「だいぶ前じゃん。何で今さら」
「燈香のことでふと思い出してさ」
「ちょっと待って。敦がくれたシャーペンって片桐が選んだの?」
整った顔立ちが微かに顔をしかめる。
「違うよ。アドバイスはもらったけど、その中にシャーペンはなかった。選んだのは完全に俺のセンスだ」
「ならいいけど。まったく、びっくりさせないでよね」
魚見が瞳をすぼめる。
同じプレゼントなのに、どうして俺が責められているんだろう。
「にしても意外だね。片桐って敦のこと嫌いなんだと思ってた」
「言われてみると、片桐と萩原が仲良くしてるところ見たことねえな。お前片桐何に何したの?」
「何で俺が何かした前提なんだよ」
「片桐が萩原にちょっかい出すの想像できねんだもん」
「だからって俺を悪者にするな」
「でも何もなかったってことねえだろ。中学同じだったから分かるけどあいつ事なかれ主義なんだよ。ちょっと苦手な奴相手なら笑み作ってやり過ごすタイプ」
「魚見みたいだな」
「ひど、私そんなんじゃないってー」
「魚見はさりげなくフェードアウトするタイプだもんな。表向きはにこにこして、裏では疎遠になるために画策する。例えるならそう、お腹真っ黒な深海魚だ! 魚見だけに」
「頭に塩塗りたくるぞおにぎり」
「ふはは、やれるものならやってみ――おいやめろっ、塩の容器に腕伸ばすなっ!」
友人たちがテーブルの上で腕の押し引きに興じる。
ファミレスに迷惑だからドリンクおごりで助けてやった。
「あいつがグループから離れたのっていつからだっけ」
「敦と燈香が付き合ってしばらくしてからじゃなかったっけ」
「俺がグループに入ってすぐじゃなかったか?」
「いやーそんなことないでしょ。敦が入ってすぐは別に空気悪くなかったし」
「よく覚えてるなそんなこと」
確かによくよく思い返してみると、俺がグループに入った当初は普通に言葉を交わしていた気がする。
俺がグループに入ってすぐ空気が悪くなったと思い込んでいた。それくらい俺の中で片桐に対する苦手意識が根付いている。
昔がどうあれ今が駄目ならそれは駄目だ。
特別何かしたわけじゃないけど、何かをしたからこうなった。
でも嫌な想いをしてまで仲直りしようとは思わない。
人は自分勝手な理由で人を嫌える。それをスキー合宿でクラスメイトが教えてくれた。
俺が片桐に何かをした覚えはない。どうせ大した理由じゃないのだろう。
だったら考えるだけ無駄だ。
片桐のことを頭の片隅に追いやって、料理が来るまで談笑に努めた。




