第82話 おにぎり握ってろよ
カーテンを視界の隅に追いやってクリスマス当日の朝日をおがむ。
地面は白く染め上げられていた。遠くに映る赤い車がショートケーキを飾るイチゴに見える。
私服にそでを通して一階の床を踏みしめる。
この日も妹の方が早起きだった。
午前中から友人と合流して街を遊び歩くらしい。身支度をすませた妹が一足早く玄関に向かう。
いってらっしゃいを告げて、俺もダイニングチェアから腰を浮かせた。
妹が外出した今リビングはフリーだ。
リビングでパーティーといきたいところだけど両親がいる。親の目があるところではしゃぐのはバツが悪い。
騒ぐなら親の目がない自室一択。
早速掃除に取りかかった。粘着ローラーで床を鳴らし、クリスマス用の飾りで部屋の内装を鮮やかに彩る。
不出来。粗末。
でも雰囲気は出た。ヨシ! と自分に太鼓判を押す。
クリスマスパーティーの開催は午後からだ。勉強机に問題集とノートを広げて勉学にいそしむ。
リビングに下りて昼食を腹に収めていると、両親がおしゃれをして現れた。急きょ二人で出かける予定を立てたらしい。
いわばデート。長男としては複雑な心境ながらも笑顔で見送り、がらんとした自宅で時の流れに身を任せる。
リビング内に軽快な電子音が鳴り響く。
廊下の床をスタスタ言わせて玄関に外気を迎え入れた。ドアの隙間から友人たちが顔をのぞかせる。
口角が浮き上がったのは一瞬のこと。奥に長身が映って息を呑む。
せっかくのパーティーだ。浮谷さんに対する苦手意識も林間学校で和らいだ。雰囲気を壊さないように立ち回れるはずだ。
お邪魔しますを告げる彼らにスリッパを勧めた。コート掛けの位置を指示してリビングの床を踏みしめる。
両親がいなくなった旨を伝えると、パーティーはリビングでやるべきとする意見が挙がった。
部屋を飾り付けた労力はもったいないけど、自室を見られることへの恥ずかしさはあった。
俺が反対する理由はない。彼らが持参した食材をテーブルの上に置かせて、早速役割分担にしゃれ込んだ。
クリスマス用の飾りを持参した女性陣はリビングの飾りつけ。
俺含めた男性陣は、クリスマスツリーを取りに車庫へ足を運んだ。
段ボール箱をどかして、クリスマスツリーが入ったバッグを探す。
「ところで秋村さんはいつ来んの?」
「燈香は来ないぞ」
「は?」
素っとんきょうな響きの声が車庫の空気に溶ける。
丸田が目を丸くした。
「あれ、言ってなかったっけ」
「言ってねえよ! てか聞いてねえ! 今日秋村さん来ないのかよ!」
「ああ」
「ああじゃなくて、ああ……っ」
浮谷さんが額に手を当てる。
丸田が浮谷さんの首元に腕を回した。
「そんな顔するなよぉ。俺らとも仲良くしようぜー?」
「やめろ暑苦しい。萩原におにぎり握ってろよ」
「こいつのために握り飯握ったことねえっつーのッ!」
小さく笑いながら段ボールをずらす。
緑色のバッグを見つけた。横たわれば入れそうなサイズのそれを持ち上げようと試みる。
一人で持ち上げるのは無理と断じて二人を呼んだ。三人でバッグを持ち上げて元来た道をたどる。
「しかし秋村さんストイックだなぁ。大会のために年に一度のクリスマスを捨てるなんて」
「どういうことだ?」
「一月に大会があるだろ。このタイミングで断りを入れるなら練習するに決まってる」
合点しかけて、頭の中に疑問符が浮かび上がる。
燈香がバレー部に復帰したことは知っている。でもそれが理由なら大会に向けての練習があるからと言えばいい。
でも燈香はそう告げなかった。何か別の用事があるってことじゃないのか。
履き物をサンダルからスリッパに変えて廊下の床を踏みしめる。
リビングの床にバッグをそっと置いた。収まっているツリーを取り出し、作り物の樹木に天井を仰がせる。
女性陣も交えて質素なツリーを飾り付ける。




