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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第79話 追いつけねえだろ


「浮谷さん」


 どうしてここに来たんだ、ってのは愚問か。


「その辺にしとけって何をだ?」

「追い打ちをだよ」

「盗み聞きか。趣味が悪いな」

「これだけ堂々と言い争いしておいて何が盗み聞きだよ。悪いけど大方聞かせてもらった。怒りが収まらないのはもっともだけどさ、お前もっとスマートな奴だっとろ。こんなやり方らしくないぜ」

「人聞きが悪いな。悪いことをした謝る、子供でも分かることを説いてるだけだ」

「じゃあお前、それを秋村さんの前でも言えるのかよ」


 口をつぐむ。


 言えるわけがない。俺がやっていることはロジハラだ。正論を盾にしてマウントを取る、いわばいじめに近い行動だ。


 俺は体当たりを受けた被害者だけど、それは言葉のナイフで心をえぐっていい免罪符にはならない。この場に燈香がいたら、やはり俺に対して苦言を呈するだろう。


 浮谷さんの視線がスライドした。


「こいつの肩を持つ気はねえけどさ、お前らも間違ってる自覚あるよな? 気持ちは分かるけど謝れってのは正しいよ」

「分かるだって? お前に何が分かるんだよ」

「少なくともこいつに対する嫉妬には覚えがある」

「嫉妬? 浮谷がこいつに?」

「さすがに嘘だろ」


 ルームメイトが次々と反応を示す。


 浮谷さんは長身で頭髪の色も遊んでいる。俺以外にはわりとフレンドリーで言葉づかいも軽めだ。クラスメイトはおろか、同級生の大半が彼のことを陽キャと思っている。


 片や俺は交友関係がせまい。身なりも浮谷さんと比べて目立たない。


 どちらかと言えば陰キャの方に近い存在だ。俺が浮谷さんを羨むならともかく、浮谷さんが俺に嫉んだと聞いて驚くのは無理もない。


「ほんとだって。お前らも知ってんだろ? 萩原と秋村さんが交際するきっかけになったやつ」

「街でナンパに絡まれたってやつだろ? だから何だよ。萩原の運が良かっただけじゃないか。俺だってその場にいたら――」

「秋村さんを助けたってか?」


 言葉をかぶせられてルームメイトが口をつぐむ。


「お前らが気付いてたかどうか知らないけど、そのナンパ師連中は俺らの文化祭に来て秋村さんを追いかけたんだ。すっげえガタイ良かったぜ? 腕とか丸太みたいだった。俺思わずぶるっちまったよ」


 浮谷さんが苦々しく口角を上げる。軽い調子の語りを前に、ルームメイトの表情が微かにほぐれる。


「でも、萩原はそんな奴ら相手に体を張った」

 

 二つの笑みがスーッと色あせる。


 浮谷さんの表情からも苦笑が消えた。


「一時期うわさあったよな。萩原が情けなく泣いて無様だったとか。あいつら前にしたらそりゃそうだとしか思わなかったよ。ガタイがいいだけじゃねえ、にらまれたら足がすくむくらい目付き悪いんだ。大半の奴は前に出るどころか声すら上げらんねえし、その場に居合わせたところでチャンスなんか活かせなかっただろうぜ」

「そんなの、分からないだろ」

「じゃあ何でお前らは萩原がからかわれてる時に手を差し伸べなかったんだよ。親近感抱いてたんだろ? 助けようとか思わなかったのか?」

「それは……っ!」


 濁った語尾の後に言葉は続かない。


 ナンパ師から燈香を助けた翌週。ルームメイトは周囲と一緒になって俺をわらった。


 クラスメイトとマッチョのナンパ師では威圧感が違うものの、学校生活における孤立も強烈に心を侵す。


 空気の読めないことを主張して仲間外れにされたくない、そう考えて周囲に同調したクラスメイトもいたに違いない。


 俺に手を差し伸べていたら、自身が助けられたわけじゃなくても燈香は一定の評価を下したはずだ。


 認められるチャンスは確かにあった。


 眼前にいるルームメイトがそのチャンスを逃しただけだ。


「何だよ、結局お前も萩原の味方すんのかよ」


 二人が悔し気にうつむく。


 浮谷さんが肩をすくめた。


「そうやってレッテル張りするのは勝手だよ。でもみんなやりたがらないことをやった奴がいい思いをすんのは当然だ。俺たちにはそれをする度胸がなかった。悔しくてもまずは萩原の強さを認めないとさ、一生こいつには追いつけねえだろ」


 雪景色に沈黙が訪れる。


 浮谷さんが背を向けてスキーストックで地面を突いた。縦長の背中が遠ざかって下り坂に消える。


 柴崎さんに声をかけられるまで、俺は白い地面に刻まれた二本の線を眺めていた。


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