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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第75話 赤い道しるべ


 体が重力に引かれて斜面が迫る。


 反射的に背中を丸めた。視界内に空と地面が入り混じってぎゅっとまぶたを閉じる。


 浮遊感に遅れてザクッとした音が鳴った。体の動きが止まっておそるおそる目を開ける。


 あちこちで坂が上方に伸びている。転がったことから察するに、俺はゲレンデから転がり落ちたらしい。


 胸の奥でぞわっとしたものが込み上げる。


……まだ、まだ大丈夫だ。自分に言い聞かせて辺り一帯を見渡す。



「……あれ」

 

 落ちてきた跡がない。視界が現実を移して顔からサーッと熱が引く。

 

 俺は高所から転がり落ちてきたんだ。俺の体に圧し潰された跡が軌跡として残っていないのはおかしい。


 思い至る節は先程の浮遊感。軌跡を残すべき斜面に触れることなくここまで落ちたと推測される。


 どの方向から下りてきたか分からない。


 遭難。二文字が脳裏をよぎって、胸の奥から噴き上がる焦燥が落ち着きを吹き散らす。


 どうする、声を上げて誰かに気付いてもらうか?

 

 でもまだ自力で戻れるかもしれない。大事おおごとになったらこの林間学校自体中止になるかもしれない。同級生にとっては受験前の大事なイベントだ。施設の人にも迷惑が掛かる。


 大丈夫。転がったのは事実なんだし、きっとどこかに痕跡がある。


 落ち着いて痕跡を探すんだ。見上げる角度が悪いだけで、のぼれば跡があるはずなんだ。


 右足を前に出した。違和感を感じて右手を額に当てる。


 ゴーグルがない。周りを見渡した時にはなかったし、斜面を転がる途中で落としたのだろうか。見つからなかったら燈香に謝らないと。


 坂に歩み寄って地面を叩いた。足場の有無を確認してからスキーブーツの重みを預けて、ザクッとした感触を確認しつつ高所を目指す。


 一歩進むにも時間がかかる。雪の下に地面があるかどうかも分からない。体重を乗せる前の確認は必須だ。


 慎重にならざるを得ないものの、いちいち確認をはさめば時間はかかる。呼吸が微かに乱れて、熱さでスノーウェアのチャックを開けたい衝動に駆られる。


 視界内に白いものがちらついて空を仰いだ。抑え込んだ焦燥が再び顔を出す。


 まずい。雪が降り積もったら俺が転がってきた痕跡が消える。方角を失ったら終わりだ。


「誰か、誰かいませんか⁉」


 ついに焦りが言葉となって口を突いた。


 返事はない。坂を上るのに時間を費やしたし、この辺りには人がいないのかもしれない。


 おそらくインストラクターは点呼を取る。俺がいないことに気付いて探してくれるはずだけど、風が強まったら捜索は中断せざるを得なくなる。


 これから吹雪かないとも限らない。かまくらを作って一夜を明かすか、あきらめずに上を目指すか。

 

 みんなに迷惑はかけたくない。せめて何か分かりやすい目印でもあれば。


 そう思った刹那、何かが光を反射した。


「あれは」


 何かが雪に沈んでいる。


 ゴーグルだ。燃えるような紅色は忘れもしない。昨晩燈香から受け取った誕生日プレゼントだ。


「ってことは、こっちから落ちてきたのか」


 胸の奥に熱が灯る。


 方角が分かればこっちのものだ。足場作りを続行してゴーグルを回収した。その先で見つけたスキーストックを握りしめてゲレンデを目指す。


 坂を上り切った先で破損した柵が映った。その向こう側にはスキー板が地面に突き立っている。


 安堵で深いため息がもれた。平らな地面に靴跡を刻んで坂から距離を取る。


 あらためてスキー板に靴をはめ込んだ。下り坂を目指してスキーストックの先端で地面を突く。


 ゲレンデに着くとインストラクターが寄ってきた。風の勢いが強まったため中断を決めたものの、俺の姿が見えなかったから探していた旨を告げられた。


 俺は当初の予定通りコース内を迷っていたと嘘を付いた。


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