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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第74話 嫌な音


 林間学校二日目。しっかりと朝食を摂ってスキー実習に備えた。


 前日のごとくスノーウェアやスキーの道具をレンタルし、昨晩燈香からもらったスノーゴーグルを頭につける。


 目立つ。


 スノーウェアや帽子は暗めの色合いなのに、スノーゴーグルはまさかの赤。


 スノーウェアが青系統の色合いだからアクセントになって非常に目立つ。俺が好きな色は知ってるだろうに、何を思ってこんな派手な品を購入したのだろう。


 幸か不幸か、この場にいたらからかってくるであろう丸田はいない。視界の隅で笑いをこらえている浮谷さんは無視だ無視! 


 インストラクターの指示に従ってリフトに腰を下ろした。運搬される荷物の気分を味わって、再びスキー板の重みで雪の地面を均す。

 

 スキーストックの先端を地面に突き刺して雪景色を後方へ流す。慣性に乗ったスキー板が全自動と化して軌跡を残す。


 やっていることは昨日と同じなのに気恥ずかしい。

 

 みんな俺のことなんて気にしない。分かってるのに、身に着けている物一つでここまで視線が気になるとは。


 体にかかる慣性が収まってスキーストックの先端を地面に刺した。ゴーグルを額の上にあげて一息つく。


 さすがに高いと言っていただけあって着用感がいい。視界が広く、ゴーグルは軽いから疲れにくい。おまけに曇らないからいちいち手袋で視界を拭かなくていい。


 一回の拭き取りで浪費する時間は数秒。


 されど数秒。何度も繰り返すと時間だけじゃなくうっとうしさも募る。楽しい時間に水を差される機会を減らせると考えれば時間以上のお釣りがくる。


 これはいいものだ。


「敦ー」


 確信を抱いた時腕を振られた。


 ニット帽とゴーグルで顔は見えないものの、スノーウェアの色で女子だと分かる。二人並んでいること、何より心地良く通った声が誰なのか教えてくれた。


 俺はスキーストックを地面に刺して手を振り返す。


 燈香がスキーストックの先端で地面を突いた。二つの背中が別の斜面を下って消える。


「俺もそろそろ行くか」


 スキーに興じられる時間はそう長くない。しばらく滑らないだろうし、思い残すことがない様に遊び倒そう。


 ゴーグルに腕を伸ばす。


 目元まで下ろした時だった。後ろから衝撃を受けて真っ白な地面が迫る。

 

 反射的に腕を前に出した。ザクっとした音に遅れて地面との距離が固定される。


 振り向くとスキーストックを握る人影があった。


「あ、悪い。わざとじゃないから」


 ルームメイトの声だ。名前は確か久保さんだったか。


 気にしないでくれと告げる前に腕が上下した。同級生の背中が慣性に乗って小さくなる。


 胸の内にもやもやしたものが込み上げる。


 一応謝ったとはいえ、普通こっちの言葉を待つものじゃないのか? 後方からの衝突なんて下手をすれば大事故につながるのに、あんな立ち去られ方をされたら本当に反省したのか勘繰ってしまう。


 嘆息して気持ちに一区切りつけて腰を浮かせた。


「あれ」


 右のスキーストックがないことに気付いた。首を左右に振って細長い物を探す。


 あった。

 

 細長いそれは柵の向こう側にあった。でこぼこした白い地面に引っかかっているけど、坂はそれなりに角度がついている。


「困ったな……」


 インストラクターに報告すべきなんだろうけど、強めの風が吹いたら支えを失って下方へ転がっていきそうだ。回収困難と判断されたら弁償なんてことにもなりかねない。


 スキーストックっていくらするんだろう。クリスマスの日に備えてプレゼントを買わなきゃいけないし、この時期に出費は抑えたい。


 視線で周囲を薙ぐ。


 今なら誰もいない。スキー板をブーツから外して地面に突き立てた。右手にもう片方のスキーストックを握りしめて柵に歩み寄る。

 

 意を決して柵を乗り越えた。左手で柵をつかんで右腕を伸ばす。ストラップにスキーストックの先端を引っかけて回収しようと試みる。


 スキーストックの先端がストラップの輪をくぐった。これ幸いと腕を上げるものの、ストラップが先端から外れて雪に落ちる。


 再チャレンジ。


「もう少し……っ」


 角度、角度。


 スキーストックを見下ろす体勢だ。上り坂を描くには地面を掘るしかない。


 でもそれはリスキーだ。下手に地面を削るとスキーストックを支えている箇所まで崩れかねない。


 ここは強引にでも引っかける。ストラップが重力に引かれる前にすくい上げる。十数年この体と生きてきたんだ。実行できる確信はある。


 ストラップにスキーストックの先端をくぐらせる。


 深く空気を吸い込み、精神統一を図ってから一気に右腕を振り上げた。雪に横たわっていたスキーストックが放物線を描いて迫る。


 予想よりも放物線の角度が深かった。


「っと」


 微かに身を乗り出してキャッチした。回収に成功した安堵がため息となって口をつく。


 背後でバキッと嫌な音が鳴り響いた。


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