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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第64話 負け惜しみか?


 事前説明会でスキー合宿のしおりが配布された。


 ただの紙切れ。活字が連ねられているだけの、一般的なパンフレットと比べると華に欠ける白黒の冊子。

 

 なのにページを握ると目が離せない。


 一通り読み終えても飽きが来ない。絵どころか文才すら感じないのに読み進めるのが苦痛じゃない。むしろ楽しいまである。


「旅行のしおりって世界一面白い読み物だよな」

「なーに言ってんだお前」


 丸田からツッコミを受けながら担任の話を耳に入れる。


 放課後を迎えた。昇降口で履き物を替えて学び舎の門をくぐり抜ける。


 今日は寄り道。いつものグループでショッピングモールに足を運んだ。


 歩み寄った魚見が隣に位置取った。


「クレーンゲームやった時以来だね」

「そうだな」

「クレーンゲームって?」


 燈香が小首を傾げた。


 魚見が右の人差し指を伸ばした。


「あっちにあるやつ。敦がこのキーホルダー取ってくれたんだー」


 左手の指が通学カバンから吊り下がるキーホルダーをかざす。笑みがいかにも嬉しそうで、照れくさくなってそっと視線を逸らす。


「へーそうなんだ……敦?」


 燈香がきょとんとした。丸田も目をぱちくりさせる。


 俺を敦呼びする女子は今まで燈香だけだった。驚くのは無理もない。


 物部との一件で魚見との距離がぐっと縮まった。魚見が俺を名前で呼ぶようになったのも、物部を撃退した後にカフェでお茶してからだ。


 いまだに俺を勘違いさせようとしてくるのは困り物だけど、猫の甘噛みと考えれば可愛げもある。


「ここで突っ立ってると邪魔になる。行くぞ」


 靴裏を浮かせる。


 後方で靴音が続いた。友人の気配を背中越しに感じながらエスカレーターの踏段にスニーカーの裏を付ける。


「敦っていつ華耶とここに来たの?」

「ハロウィンの前だな。仮装に備えて衣装合わせしたんだ」

「そうだったんだ。楽しそうだね、私も誘ってくれればよかったのに」

「次機会があったら誘うよ」

 

 エスカレーターのステップから靴裏を離して通路の床を踏み鳴らす。


 施設内での服装は体操着と定められている。


 靴下や下着のストックはある。シャンプーやリンスも持ち運びできるコンパクトサイズがある。


 買うべきはリュックの方だ。


 中学に入学した辺りから、背負うタイプのリュックはださいという謎の風潮が広がった。俺もそれに呑み込まれて、背負うタイプのバッグは長らく購入していない。


 でも林間学校に持っていく荷物の量は多い。体力を考えれば背負うタイプを持参した方が好都合だ。


 店舗内に踏み入って早速リュックを吟味する。

 

 黒、緑、深緑。歩を進めるにつれてデザインの違いがちらつく。価格が高い品ほど工夫が凝らされていて面白い。頭を悩ませるデザイナーが目に浮かぶようだ。


 目ぼしい物を見つけて腕を伸ばす。


 リュックに触れる寸前で視界に他者の指先が映った。


「「あ」」


 声が重なった。頭の中が真っ白になって二の句が浮かばない。


 後方から靴音が迫った。


「あれ、浮谷じゃん。何でこんなところにいんの?」

 

 丸田と浮谷さんがあいさつを交わして談笑にしゃれ込む。


 以前浮谷さんが海水浴に同行した時は丸田の紹介だった。俺が知らないだけで二人は結構仲が良いのかもしれない。


 俺はフェードアウトすべくそっと靴裏を擦る。


「なーにしてんの」

「わっ⁉」


 変な声が出た。バッと振り向いた先できょとんとした黒白の美貌が映る。


 俺は抗議すべく目を細めた。


「驚かすなよ魚見」

「別に驚かせるつもりはなかったんだけどね。単に何してるのか聞いただけ」

「見れば分かるだろ。忍者の真似事だよ」

「へー。私はてっきり、浮谷から逃げようとしてるんだと思ってた」


 むっとしそうになって表情の維持に努める。

 

 気のせいか、女友達の体に悪魔の翼と尻尾を幻視した。


「俺あっち見てくる」

「浮谷と話さないの?」

「話すことがない」

「だったらなおさら話した方がいいんじゃない? 林間学校では知らないクラスメイトと同じ部屋に押し込められるんだし。多少面識のある相手で練習しときなよ」

「今やる必要はないだろ」

「いいからほれ、行って来いって!」

「おわっ⁉」


 背中を押されて数歩よろける。


 無駄に大きな靴音が鳴り響いて、丸田と浮谷が視線を振った。


 何か、何かないか? 俺と浮谷さんの共通の話題は……。


――閃いた!


「た」

「た?」

「体育祭は、俺の勝ちだったな!」

「はぁ⁉」


 浮谷さんが素っ頓狂な声を上げた。


 俺は謝意を込めて手刀を眼前にかざす。


「悪いな。パン三個もらっちゃって」

「パンって、それを言ったら球技大会は俺のクラスが優勝したぞ! だからイーブンだ!」

「イベントの規模が違う」

「規模関係ねえだろ! 大体お前、体育祭でも球技大会でも大して活躍してなかったじゃねえか!」

「負け惜しみか?」

「違えよ!」

「なんだなんだ? 海水浴以来交流無いと思ってたけどずいぶん馬が合うじゃねえの」

「やっぱあんたら仲いいでしょ」

「「よくない!」」


 視線に全力の否定を乗せて魚見を見据える。


 離れた位置で眺める燈香が苦々しく口角を上げた。


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