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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第60話 本当の自分


 いやらしい顔が近付いて反射的に顔を逸らした。まぶたをぎゅっと閉じて最低な奴を視界から隔離する。


「じゃあ、俺にごめんなさいしよっか?」


 耳元でささやかれて背筋がぞわっとした。ぶるっとした震えが体中を駆けめぐる。


 奥歯を食いしばって生理的な嫌悪感に耐える。


「ほら、どうしたの? ごめんなさいって言うだけだよ?」


 周りに人影はない。こんな奴に謝るのは癪だけど、謝罪の言葉を吐くだけならタダだ。


 震える口を無理やり開いた。


「ご、ごめん、なさい」


 頭の上に生温かい物が乗って、ひゃっと情けない声が口を突いた。


「よくできましたー。じゃあ次は、私魚見は物部さんが大好きです。あんな男は嫌いですって言ってみようか」

 

 あんな男。該当する人物は一人しかいない。


 胸の奥に微かな熱が灯った。麻痺していた五感がすーっと落ち着きを取り戻す。


 この場で怯えていても助けは来ない。調子づいた物部が私の大事なものを欲さないとも限らない。


 だったら私自身が動くしかない。


 怖くても、逃げ損ねたら痛みが待っているとしても、ただの被害者として蹂躙じゅうりんされるのだけはごめんだ。


 意を決してごくりと喉を鳴らした。


「私、魚見は」

「うんうん」

「物部さんが、だいっきらいだッ!」

「痛ったッ⁉」

 

 物部の左足を踏みしめて右側を駆け抜ける。


「なめんなくそアマッ!」

 

 手首にグッと握られた感触があった。後方に流れる景色が停止して後ろに引かれる。


「離してッ!」


 乱雑に右腕を振るって振り払おうと試みる。


 手首を握りしめる手は全然離れない。身体能力には自信があるのに、やっぱり筋力の差は絶望的だ。

 

「なめんなっつってんだろうがッ!」


 腕をぐいっと引かれて視界が前方に流れた。勢い余って地面に尻もちをつく。


「何勝手に逃げようとしちゃってるわけ? 俺に恥かかせたんだからさ、そう簡単に許すわけないって分かるよね?」


 物部が足を止めて見下ろす。


 私は地面から腰を浮かせて、正面にある顔をキッとにらみつけた。


「私は返事もしてないのに、早合点して嘘広めたのはそっちじゃん。既成事実を作れば私が落ちると思ってたの? そもそも他の連中けしかけて襲わせるとか、やることがこすいんだよ。だっさ!」


 張り上げた声が静かな空間を駆けめぐる。


 この声色だ。不敵で、どこまでも通りそうな響き。


 自分を取り戻せた。ここにいない男の子に心の中で感謝を捧げる。


 整えられた眉がピクッと揺れた。


「いい度胸してんねぇー。この状況分かってる? 言っとくけど叫んだって助けなんか来ないよ? わざわざあいつら使って人気のない場所に誘導したんだから」

「だから何? それで私が従順になると思ってんの?」

「あははははっ!」


 愉快気な笑い声を上げられて眉をひそめる。


 物部が一息ついて言葉を続けた。


「よく言うよーさっきまでびくぅ! ってなってたくせに」

「あんたが生理的に気持ち悪かったんだから仕方ないでしょ。誰だって目の前でゴキブリ跳ねたらびくってするよ」

「いいねぇーそれでこそ魚見ちゃんだよ、屈服させ甲斐があるなぁ。今度は下着姿で土下座とかいっちゃう?」

「いいねそれ。あんたにさせてあげる」

「後悔すんなよ」


 物部が靴裏を浮かせた。散歩するような歩みが徐々にスピードを速めて助走に変わる。


 腰を落として次なる事態に備える。


「やめろッ!」


 張り上げられた声を耳にしたのは、物部が右腕を振りかぶった時だった。


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