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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第58話 日常を守るために


 期末試験の最終日を終えて荷物をまとめた。いつものメンバーと試験の手ごたえを交わしながら青空の下へと踏み出す。


「お昼ご飯どこかで食べてく?」

「いいね。せっかくだし普段行かないとこ行こうよ」

「あてはあるのか?」

「もちろん。丸田がね」

「俺ぇっ⁉」


 丸田がぶつぶつ愚痴りながらスマートフォンを取り出した。


 燈香がそばであれこれ注文するのを眺めていると、視界の隅で艶のある黒髪が揺れる。


「ねえ、萩原はどうして燈香を守ろうと思ったの?」

「急にどうした」

「ふと思ってさ。あの時ってまだ燈香と知り合ってなかったでしょ? 助けたって好意を向けてくれる保証なかったわけじゃん。最悪ナンパ師になぐられるだけで終わったかもしれないのに、何で?」

「それ言わなきゃ駄目か?」

「駄目」

 

 経験上こうなった時の魚見はしつこい。下手にはぐらかすと大声で燈香に呼びかける未来図が容易に想像できる。


 そっと横目を振る。


 幸い燈香は丸田への無茶ぶりに忙しい。声量を抑えれば聞かれることなく言葉を交わせそうだ。


 俺は魚見に向き直った。


「いくつか理由はあるけど、しいて言うなら日常を守りたかったからだな」

「日常?」


 魚見が小首を傾げる。

 

 口走った以上は後戻りできない。小っ恥ずかしさをこらえて言葉を紡ぐ。


「俺の日常ってさ、教室で燈香が笑顔を振りまいて、魚見が小悪魔やって、丸田がおにぎりしてる風景なんだ」

「当時の私たちって萩原と接点なかったよね?」

「そうだけどさ、俺からすればそれがいつもの教室だったんだよ。一人本のページをめくって、本の世界に没頭しながらも顔を上げると賑わいがある。そんな空間が何だかんだ気に入ってたんだ」


 もちろん燈香への恋慕があったのは大きかったけどそれだけじゃない。


 燈香の笑顔が消えれば魚見や丸太のパフォーマンスも落ちる。それがクラス全体に広がって俺の好きな空気が崩れ去る。


 ナンパ師に恨まれて拳をもらうリスクと、俺の好きな光景が失われた学校生活の享受。俺はそれらを天秤に並べて前者を取った。かいつまんで言えばそれだけだ。

 

「驚いた。萩原ってそんなに周囲を気にするタイプだったんだ」

「そんなに意外か?」

「そりゃあね。自覚はなかっただろうけど、萩原と話したがってる人は結構いたんだよ? 周りが見えてたのに無視してたの?」

「人聞きが悪いな。そんなの気付いてなかったよ。第一声すらかけられなかったし」

「ずっと本読んでたからだよ。邪魔しちゃ悪いと思うのは当然でしょ。そこそこ顔良いし、首席合格の生徒って聞けば注目されて当たり前だと思わない?」

「誰視点だよそれ」


 照れ笑いで誤魔化しつつ内心で合点した。


 最近柴崎さんと関係を持ったから分かる。実際モールで単独行動中の柴崎さんを見かけた時は遠慮した。


 面識が少ないからこそ第一印象で悪く思われたくない。本を閉じるタイミングを待った覚えがある。あの時延々と視線が合わなかったらもういいやと一区切りつけた可能性は否定できない。


「日常を守りたかったから、か」


 意味深なつぶやきに意識を引かれて我に返った。


「茶化すなよ」

「別に茶化してはいないよ。日常を守るって、何かいいなーと思って。物語の主人公みたい」

「そんな大層なものじゃないだろ。大局的に見れば勉強や仕事もそのためにやるんだ。みんな無意識にやってることだよ」

「そうかもね。私もやってみようかな」

「何を?」

「日常を守るってやつ。物部さんを振ってみるよ」


 思わず目をしばたかせた。


「正気か?」

「いたって正気。よくよく考えるとさ、私物部さんに嫌な顔見せたことないんだよね。あっちが近付いてきたら思わせぶりな態度で逃げてきたから、勘違いさせちゃったのもあるのかなって」

「勘違いでごろつきぶつけてくるかね普通」

「向こうもあきらめきれなかったんじゃないかなぁ。だから多少のリスクをおかしてでも格好つけて起死回生を図ったとか。ほら、私絶世の美女だし」

「はいはい、最高の女ですよ」


 背中を叩かれて乾いた音が鳴り響いた。


 魚見が言いたいことも一理あるとは思う。


 あきらめきれない人がいるから、決して褒められたものじゃない行為に手を染めた。俺はそんな男女を知っている。


 さすがに物部さんはやりすぎだと思うけど、誰かを好きな気持ちは止められない。理性的な柴崎さんすら大胆な行動に駆り立てられたんだ。周りにちやほやされてきたであろう物部さんが暴走するのもうなずける。


 それだけに不安だ。


 一回大胆な行動を取った人は『大胆』の線引きがバグる。手段をエスカレートさせなければいいけど。


「アプリ越しじゃ駄目なのか?」

「どうせ顔合わせて話し合おうってなるに決まってるよ。またあの連中連れてこられたら嫌だし、だったら最初から二人で会った方がよくない?」

「あの人が潔くあきらめるとは思えないんだよなぁ」

「ビンタ一発くらいは覚悟するよ。向こうだって失いたくないものがあるし、大それたことはしないっしょ」


 不思議な流れだ。一度は二人で解決策を考えようって話に落ち着いたのに、どういう心境の変化だろう。


 ともあれ魚見が決めた以上は仕方ない。思わせぶりな態度が勘違いさせたってのは確かだろうし。


「俺も一緒に行こうか?」

「それじゃ意味ないっしょ。まるで交際してることを教えに行くみたいじゃん」

「否定すればいいだろ」

「素直に聞いてくれると思う? どうせ勝手に想像して被害者ぶるに決まってるよ」

「ありそうだな。この前も全然俺の話聞いてなかったし」

「でしょ? だから誤解が生まれないように徹底的なNoを突きつけて来る。勇気出して頑張って来るからさ、見ててよ。私のこと」

 

 真剣な表情に見上げられる。


 いつになく真摯なまなざし。具体的には言えないけど、これまでの魚見とは何かが違うように映る。


 制止するのはためらわれて、俺は首を縦に振った。


「分かった。何かあったらすぐ連絡しろよ」

「うん。その時は頼りにさせてもらうね」


 魚見がニッと白い歯をのぞかせた。俺は応援の意を込めて口角を上げる。


「二人ともー! 決まったから行くよー?」

「はーい! 行こ、萩原」

「ああ」


 魚見が身をひるがえして遠ざかる。


 風に乗って漂う香りは、いつになく爽やかで甘い。


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