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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第57話 演劇練習場にて


「ふう」

 

 練習場の隅に寄って一息突いた。ペットボトルのふたを開けてくちびるではさみ、天井を仰いで喉を鳴らす。


 体がうるおうのを感じる。ただの水なんて普段は何も考えず飲み下すのに、今はとてつもなくその清涼感が愛おしい。アイラビューを告げたくなる。


「頑張ってるねー」


 ペットボトルの口部から口を離す。


 先輩役者の女性が足を止めて口角を上げる。


「小原さん。お疲れ様です」

「魚見さんもお疲れー。まだ期末試験続いてるよね? ここに来て大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。勉強は九割がた終わってるので」

 

 試験前は勉強に身が入る。そんなことは分かってる。


 だから私はこの日に練習場に足を運んだ。


 物部さんは私の予定を踏まえてスケジューリングしている。期末試験の日に私が来ないと高をくくっている。


 思惑は当たった。これで試験中は余計なことに気をもまれなくて済みそうだ。


「残念だったねー。今日は物部さん来ないよ」


 思わず眉間に力がこもった。ベットボトルのふたをしめる作業に意識を向ける。


 気持ちを落ち着けて顔に微笑を貼り付けた。


「どうして物部さんの名前を出したんですか?」

「どうしてって、だって物部さんと付き合ってるんでしょ? うわさになってるよ。二人がやっとくっついたって」

「誰がそんなうわさを流したんですか?」


 胸の奥で沸々と湧き上がる苛立ちを視線に乗せる。


 小原さんの表情に戸惑いの色が浮かんだ。


「いや、私も耳にしただけだから誰が流したかまでは分からないけど」

「そうですか。じゃあ他の人にも違うって言っておいてください。物部さんとの間には何もないので」

「それはいいけど本当に付き合ってないの? だっていつも仲良さそうにしゃべってるし」

「何もないって言ってるじゃないですか!」


 先輩が目を丸くする。


 口にした私自身驚いた。感情をコントロールできなかったのは子供の頃以来だ。自分にまだこんな未熟な面があるなんて知らなかった。


 ここでの私は何が起こっても微笑に努めてきた。今までなら波風立てないように流したはずだ。


 想いを寄せる相手なんていないから周りに誤解されても不都合がない。適当に返事をしてうまく立ち回ってきた。こんな角が立ちそうな応答、一度だってしたことはなかったのに。


 正面にある顔が眉でハの字を描いた。


「そ、そう。ごめんね、変な邪推して」

「いえ、私こそ声を荒げてすみません」

 

 頭を下げて事態の収拾を図る。後日物部さんと顔を合わせることの億劫さよりも、萩原に迷惑をかけることの方が気になる。


 可笑しな話だ。


 私は物部さんを遠ざけるために萩原を利用した。自分のために友人の厚意を利用したのに、そのことに罪悪感を覚えるどころか、このままでいいんだろうかと焦燥すら覚えている。


「どうしちゃったんだろ、私」


 期末試験前に劇の練習なんかしてるから、心に残った焦りが膨れ上がったんだろうか。


 自宅に戻ったらちゃんと勉強しよう。誓って練習の続きに身を投じた。


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