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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第54話 俺にしときなよ


「な、なにこいつら」


 戸惑いの声に遅れてぬっとした人影が迫る。


 逃げようと告げるより早く、別の人影が退路を塞いだ。


「こいつらだよな?」

「ああ。間違いねえ」


 大きな足が一歩前に出た。以前ナンパ師に突撃した時のことが脳裏をよぎる。


 あの時は周りに人がいた。


 何もしてくれなかった上に泣きつく演技をした俺を嘲笑した人たちだけど、彼らの目があったおかげでナンパ師の行動を制限できた。


 今は違う。

 

 辺りは真っ暗で人の気配がない。反射的に靴を後ろにずらして、後方にも男がいることを思い出して足を止める。


 黙っているのが怖くなって口を開いた。


「何ですか? 俺たち急いでるんですけど」


 声は震えなかったものの、この場においては意味がない。


 彼らの視線は魚見に集められていた。


「ねえそこの彼女、こんな夜道を歩いてたら危ないよ? 俺らが送ってってやろうか?」

「結構です。友人に送ってもらうので」


 魚見の声が微かに震えた。


 男たちの表情にニヤついた笑みが浮かぶ。


「無理すんなよ彼女。怖いんだろ?」

「怖くないって言ってんでしょ」

「かわいいねー。なあ、そんな役立たずなんか捨てて俺らと遊ばねえ? 優しくしてやんゼ」

「それいいね! おもしれー遊び場知ってんだよ。いこいこ」


 男の一人が魚見に向けて腕を伸ばした。


「触らないでッ!」


 鈍い音が夜闇を伝播する。


 細い手が隆々とした腕を弾いていた。


「あ、お前何してんの?」


 不機嫌そうな声が一気に空気を緊迫させた。視界に映る二人が眉をひそめて靴裏を浮かせる。


「や、やめてよ、来ないで」


 弱々しい声が夜闇に溶ける。


 俺は二人の間に入った。


「友人の粗相は謝ります。でも彼女怖がっているので、どうかこの辺りで――」


 視界が右にぶれた。受け身を取る間もなく冷ややかな地面に打ち付けられる。


 甲高い悲鳴が上がった。


「あ、やっべ」

「バカ! お前なぐってどうすんだよ!」

「だってよぉ」


 男たちの間で戸惑いが伝播する。


 逃げるなら今だ。


 直感しても体が思うように動かない。予想以上に力のこもった一撃だった。


 人に対して暴力を振るう時は無意識にストッパーがかかる。


 教育や同族意識など理由はいくつかあれど、一般人はそう簡単に無意識の拘束を解けない。


 感情が乗った時は話が別だ。虫も殺せないような人でも一時の興奮で人を殺める。その時に限り無意識の拘束は何の意味もなさない。


 魚見が危ない。役者にとって顔への攻撃は致命傷だ。何がきっかけで暴力を振るわれるか分からない。


 こうなったら仕方ない。近所の人に迷惑をかけるけど、ここは火事をうそぶいて――。


「やめろお前たち!」


 聞き覚えのある声が上がった。反射的にバッと顔を上げる。


 コツ、コツと靴音が迫る。


 街頭の下に一人の少年が現れた。両手をズボンのポケットに突っ込んで俺たちを見据える。 


 物部さんだ。相手が俳優と分かると、降り注ぐ人工的な光がスポットライトのように映る。


「あーなんだお前は―」


 棒読みに意識を揺さぶられた。男の一人が物部さんに駆け寄る。


「ぐふっ⁉」


 距離感を間違えたのか、腕を振りかぶった体勢でみぞおちに足がめり込んだ。


「な、なにすんだてめ!」

「やってまえー!」


 男の仲間が続々とコンクリートの地面を踏み鳴らす。


 奇妙な光景だ。ついさっき避けることすらできなかった暴力の数々が全てスローモーションに見える。


 物部さんの反撃は迅速だ。ジャブや蹴りを繰り出すたびに男たちが膝をつく。王子を前にひざまずく家来の劇中シーンを眺めているようだった。


「くそっ、こいつつえー」

「ずらかれ!」


 男たちが一斉に腰を上げて物部さんと擦れ違った。計四つの背中が夜の闇に消える。


 物部さんの顔に微笑が貼り付いた。


「大丈夫魚見ちゃん? 危ないよ、こんな夜道を歩いてちゃ」

 

 物部さんの足が魚見との距離を詰める。


 魚見の右足が後ろに下がった。助けてもらったのに表情からは怯えの色が見て取れる。


 俺と目が合った。整った顔立ちがハッとして微笑みを作る。


「はい。ありがとう物部さん。助かりました」

「怖かったでしょー。でも俺が来たからもう安心だ。これで分かったっしょ? そいつじゃ魚見ちゃんを守れない。俺にしときなよ」


 俺は漫画のワンシーンじみた光景を収めつつ腰を浮かせる。


「物部さん、どうしてここに?」


 物部さんが横目を振った。


「仕事帰りにたまたま寄ったんだよ」


 邪魔すんなと言いたげな声に続いて、物部さんが再び口角を上げた。


「家どこ? 送るよ」

「いえ、まずは友達の怪我を治療したいので来た道を戻ろうと思います」

「大丈夫だよー。そいつ男でしょ? その程度の怪我はどってことないって」

「駄目ですよ、頭を打ってるかもしれないんですから。彼の家族にも事情を伝えないと」


 物部さんの眉間にしわが寄った。


「事情ねぇ。あまり大事おおごとにはしない方がいいと思うけどなぁ」

「それでもですよ」

「あそう。じゃあ俺これから仕事だから、後のことは任せるよ」

「はい。助けてくれてありがとうございました」


 魚見が上体を前に傾ける。


 小さくなる背中が曲がり角に消えて、端正な顔立ちが安堵の吐息をもらした。


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