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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第52話 勉強会

 

 自室の掃除をして客人の来襲に備える。


 今日は休日。掃除に当てられる時間はいくらでもある。フローリングモップの柄を握る手に力を込めて床に向き直る。


 球技大会で目の当たりにした魚見の笑顔が脳裏をよぎった。


 浮かび上がった桃色のそれをクリアにすべく、モップの先端部位を床に押しつける。勉強会には他の友人だって来る。そんなことに脳の容量を使っている場合じゃない。


 掃除はいい。やれることがたくさんあって、こなすにつれて視界が目に見えてクリアになる。勉強や運動と違って、やった成果がすぐ形となって現れる。


 ゲームにも似た即時報酬が脳をバグらせる。


 そして時間を忘れた。ピンポーンと軽快な音が鳴り響いてハッとする。


 せっせと掃除用具を片付けて自室を後にした。下り階段を踏み鳴らして洗面所で手の汚れをすすぎ落とし、スリッパをパタパタと言わせて玄関へと足を運ぶ。


「いらっしゃーい!」


 何故か朱音が玄関に外気を迎え入れていた。


「何でお前が応対するんだよ」

「いいでしょ別に。私だって燈香さんと話したいんだもん」

「まったく」


 気を取り直して級友とあいさつの言葉を交わした。スリッパを勧めて一足先に身をひるがえす。


 背後越しに鳴るスリッパの音に混じって朱音の声が混じる。


 どきどきする。朱音にばれないだろうかと気掛かりで振り返りたい衝動に駆られる。


 でも俺と燈香が別れたことはあえて口止めしていない。もしかすると俺はばれてほしいのかもしれない。自分で別れた旨を口にするのはためらわれるから、友人の口からこぼれる事態を望んでいるのか。


 望みとは裏腹に暴露はなかった。廊下と自室をドアで隔てる。


「んじゃ何して遊ぶ?」

「問題集で遊ぼうか」

「さんせーい!」


 三人がセンターテーブルを囲む中、柴崎さんが俺に座るか否かを訊いてきた。


 テーブルは長方形。天板に問題集を載せられるのは四人だけだ。俺一人あふれる状況をいかがなものかと考えたに違いない。


 さすが柴崎さん。その奥ゆかしさに感謝しながらテーブルを勧めた。俺は一人チェアに腰かけて勉強机に向き直る。


「柴崎さんとこうして話すの初めてじゃない?」

「そうですね。秋村さんとはクラスも違いますし」

 

 二人とも自然な微笑みを交わしている。あんなことがあったことなんて微塵も感じさせない。


 俺が浮谷さんと話したように、二人も何かしら決着をつけたのだろう。タイプの違う二人だけど仲良くしてくれたらと思う。


 いや、きっとできる。真逆のタイプだった俺と燈香が仲良くなれたんだ。柴崎さんにできないはずはない。


 ペン先を走らせる音だけが静寂をかき乱す。


 声をかけたいのに、この空気を壊すのが嫌で結局シャーペンを握り直す。試験前の教室にも似たこの雰囲気が心地良い。


 黙々とノートの上でペン先を走らせること三時間。小腹が空いて振り返る。


「何か頼むか?」

「出前でいいんじゃない? もしくは近くのファミレス行くとか」

「あーそれいいな。十分もしないところにあるし、この時間帯なら多少席も空いてるだろ」

「勉強道具持ってってファミレスで続けるのもいいよね。小腹空いたらケーキとか注文できるし」

「なんなら夕食も摂れるしな」


 続々と賛成の声が挙げられた。もはやそれが正解としか思えなくなってチェアから腰を浮かせる。


 五人で俺の自室を後にした。廊下の床を踏み鳴らす内に妹の部屋のドアが開く。


「あれ、みんなしてどこ行くの?」

「ファミレス」

「じゃあ私も行く」

「来なくていいぞ」

「行くの!」

 

 むきになった妹を前に苦笑する。


 新たに妹を加えて自宅の玄関に外気を迎え入れた。エレベーターを介してコンクリートの地面に靴裏を付ける。


 丸田が歩み寄ってきた。


「なあなあ、お前の妹可愛いよな」

「そうか?」

「そうだって。俺に紹介してくれよ」

「あーそういえばお前を朱音に紹介したことがあったなぁ」

「まじでまじで⁉ どんな感じで紹介したんだ?」


 丸田が身を乗り出す。


 俺は目を細めて丸刈りを目尻に寄せる。


「運動部でムードメーカー」

「へぇーいいじゃん。他には?」

「丸刈りでノックもできない無作法な男」

「丸刈りはいいとして、後半って売り出し文句じゃなくね?」

「最近部の先輩に頭をわしづかみにされて引きずられた」

「おおおおおおおおいッ⁉ 駄目それやり直して! 悪いところは冗談だったと頭を下げて釈明して!」

「やだ」


 頼むよぉぉぉぉっ。情けない声を上げて抱き着いてくるおにぎり頭を両手で押しやる。


 背後から靴音が迫った。


「さっきから二人でなーに話してんの?」


 肩をぽんっと軽く叩かれて左胸の奧がとくんと跳ねる。


 近くには妹もいる。動揺を顔に出さないように努めて振り向いた。


「言えない。男と男の約束だからな」

「何それ、私には言えない内容なの?」

「ああ。丸田の名誉のために」

「名を汚したのお前だけどな」


 丸田がここぞとばかりに自分語りを始めた。丸田太郎という男がいかにダンディでナイスガイか、無駄に豊富な語彙力で並べ立てる。


 まずい、このままでは俺が漫才師になってしまう。本来の俺は知的でクールなのに、これでは妹に誤解される。


「へーえ、お兄ちゃんって意外と女の子の友達多いんですね」


 幸か不幸か、朱音は俺たちの会話に興味を持っていない。


 妹よ、もっとこの兄に興味を持て。


 俺の内心とは裏腹に後方で会話が続く。


「柴崎さんはコンタクトにしたらすごくモテそうですね」

「モテると思うよ。私も初めて見た時はびっくりしたもの」

「やめてください、照れちゃいますから」


 そっと横目を振る。


 ほおを微かに赤らめた柴崎さんに、その様子を見て笑む燈香と朱音。仲良くやれているみたいで自然と口角が浮き上がる。


「そうだ。燈香さん、お兄ちゃんとはどこまでいきました?」

「あー」

 

 濁らせるような声色に意識が引っ張られる。


 燈香が言い渋ると見るや、朱音が柴崎さんに視線を向けた。やはり濁った語尾が会話のテンポをせき止める。


 このままでは俺に振られるのも時間の問題だ。


「二人は今もラブラブだよー」


 魚見がにこっとした笑みを浮かべる。


 人見知りの朱音が微かにきょとんとするものの、数回言葉を交わして表情がやわらかさを取り戻した。


 朗らかな光景とは対照的に、心が浜辺から引く波のごとく離れる。


 おかしなことはしていない。俺たちが関係を伏せていると知ってフォローした。そう思えば筋は通る。


 なにもおかしくはないけど、俺の想像していた魚見とはぶれる振る舞いだ。近くに感じていた女友達がどこか遠くに感じられる。


「な? 俺はとても魅力的な男だと思うわけよ。萩原、聞いてるか?」

「あ、ああ聞いてる。おにぎり売ってるといいな」

「誰もそんな話してねえよ!」


 俺はもやもやしたものを感じつつ目的の建物を視界に収めた。


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