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第5話 恋人とはまた後で


「いいの?」


 小さな顔がぱっと華やいだ。この反応、朱音に彼氏はいないようだ。


 勝った。


 ほんの少しだけ胸がすいて、次の瞬間には急降下した。むなしさを誤魔化して口端を吊り上げる。


「ああ。ちょうど彼女を募集してる奴がいる」

「へえ! どんな人?」


 朱音が前のめりになった。


 俺が通う東京都立港廉高等学校は進学校で知られる。どんなに試験成績が下でも、周囲からすれば疑いようもなくエリートだ。


 ゆえに合コンでも需要がある。朱音もそれなりの中学に属しているけど、港廉高校の男子には興味津々のようだ。


 俺は脳裏に友人の顔を思い浮かべる。


「運動部でムードメーカー」

「へぇーいいじゃん。他には?」

「丸刈りでノックもできない無作法な男」

「丸刈りはいいとして、後半って売り出し文句になってる?」

「最近部の先輩に頭をわしづかみにされて引きずられた」

「却下。もっとまともな物件持ってきて」


 半目で不満の意を示された。すまん丸田、俺じゃ力になれなかったよ。


 俺は朝食を摂り終えて席を立つ。自動食洗機に食器をセットし、小型のショルダーバッグとビーチバッグを用意して廊下に踏み出す。


「今日は洗面所に寄らなくていいの?」

「ああ」

「今まであんなに髪を気にしてたのに」


 燈香と付き合いたての頃は、出かける前に洗面所の鏡で身なりの最終チェックを欠かさなかった。妹が指摘したのはそのことだろう。


 だから今日はしない。


 燈香との仲が冷め切っている今、俺が髪型を整える必要性はない。


「今日はいいよ」

「そう。燈香さんによろしくねー」


 振り向くと妹が腕を振っていた。俺と燈香の関係が終わりかけていることなど想像もしていないのだろう。


「伝えておくよ」


 スリッパを脱いでスニーカーに足を通す。外と玄関を隔てるドアを開け放って外気に身を晒した。生温かい空気を突っ切ってコンクリートの地面を踏み鳴らす。

 

 指定された西銀座のデパートに足を運んだ。


 視界の大半を白色が占める空間に、服屋や飲食店がずらっと並んでいる。ドアのない入り口を見ていると、意識が店内へ誘われるような錯覚がある。店舗を染める塗料にブラックホールでも溶け込ませているのだろうか。


「おーいこっちー!」


 左右を往復する腕に続いてダークブラウンの髪が揺れる。


 同年代にしては大人びた雰囲気のある少女だ。


 隣に立つ燈香が太陽なら彼女は月。快活な印象こそないものの、滅茶苦茶にしたくなるようなセクシーさが視線を惹く。


 微笑みで返そうとした時、視界に見慣れない二つの人影が映った。 


 男女だ。知らない二人が友人に混じっている。


 男子の髪は染料で明るい色を発している。衣服も明るめなコーディネートでまとめられている。アロハシャツから胸板が顔を出し、その上で銀のネックレスがギラリと光る。


 とにかく派手。陽気なるキャラクターの極み。質素にまとめた俺とは対照的な様相だ。


 女子の方は肩に掛かった黒髪に眼鏡。周囲と比べるといささか目立たないものの、背筋を伸ばして佇む姿からは品の良さが漂っている。古き良き和風美人といった出で立ちだ。


 俺は知り合いに視線を振る。


「丸田、その二人は?」

「今日の海水浴に参加したいって言うから連れてきた。いい奴らだから仲良くしてやってくれ」


 初耳だ。聞いてないぞ。


 戸惑う俺の前で少年が口を開いた。


「初めまして、浮谷陽太です! 今日の海水浴に同行することになりました。よろしくゥ!」


 崩れた言葉が空気を軽くした。


 爽やかな好青年といった振る舞いだ。全体的に派手だから身構えたけど、特に心配はいらないかもしれない。


 浮谷さんが横に視線を振った。


 眼鏡の女子が一歩前に出る。


「柴崎文乃です。浮谷さんと同じく、この度の海水浴に同行させていただきます。よろしくお願いします」


 澄んだ声に続いて一礼。雰囲気に違わず礼儀正しい人のようだ。


 俺は口角を上げて微笑を作る。


「自己紹介ありがとう。俺は萩原敦だ。グループに関係なく、これからは仲良くしてくれると嬉しい」


 丸田が満足したように頷いた。


「自己紹介も終わったし、これから水着選びとしゃれこもうぜ。あ、二人はペアでどうぞ。デートの邪魔なんて野暮なことはしないからさっ」


 丸田がニヤニヤと笑んだ。気を使うついでにからかってやろうという目論見が筒抜けだ。


 さすがは丸田。やることなすこと全て空回りしている。そんなだからクラスの女子に残念坊主なんて言われるんだ。


「ありがとう丸田」


 心にもない礼にあいづちが打たれた。


「いいってことよ! んじゃごゆっくり~~」


 四つの人影が身をひるがえした。燈香と並んで、それらの背中を微笑で見送る。


 視界から友人が消えた。俺は口元から力を抜いて燈香に向き直る。


 端正な顔立ちと目が合った。


 真顔。表情だけで言えば、俺も似たような顔をしているに違いない。


「じゃあまた後で」

「ああ」


 燈香が踵を返す。


 さすがに話が早い。俺も背中を向けて白い廊下を踏み鳴らす。


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