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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第39話 丸田のおにぎり


「お前何言ってくれてんだ!」


 祝賀会を終えた翌週の火曜日。教室に踏み入るなり丸田に抗議された。


「何の話だ?」

「おにぎりだよ! 俺がお前に作ったことになってる握り飯だよ!」

「あー」

 

 そういえば電話越しにそんなことを言った気がする。でもそれが何だと言うのだろう。


 燈香が歩み寄って体の前で両手を合わせる。


「ごめん敦。私そこら辺の事情知らなくて、いつもの調子で丸田にいちゃったんだ」


 燈香は祝賀会の日に実行委員仲間との談笑に励んでいた。俺とスマートフォン越しに交わした内容を丸田に問う機会は、必然的に教室内になる。


 教室内の喧噪けんそうなんてたかが知れる。よく通る燈香の声だ。数メートルくらいの距離があっても聞き取るのは容易だろう。


「クラスメイトに聞かれたのは分かったけど、それが何かまずかったのか?」

「まずいに決まってんだろ! お前、俺が他の男子のためにおにぎり作ったって聞いたらどう思う」

「どうって」


 想像してみる。


 丸田がわざわざ早起きしてエプロンをつけ、炊き立てのご飯に塩をぶっかけてニギニギする光景を。そのおにぎりを送る男子のことを考えて微笑んだ日には――。


「き……特別な相手と思うかもしれないな」

「だろ? 今朝燈香におにぎりの話持ち出されて、そこからクラスメイトが面白がりやがったんだ。責任取って誤解解いとけよ」

「ああ、それであいつらこっちを見てるのか」


 教室に入ってからクラスメイトの視線が気になっていた。


 苦手で仕方なかった視線。今なら受け流し方を心得ている。


「思い出すよ。最高だったな、丸田のおにぎり」

「お前に握り飯作ったことねーよ!」


 教室内が笑いで満たされた。これでうわさ好きなクラスメイトもおにぎりの話はおふざけと思うはずだ。


 一件落着。俺は自分の机に通学カバンの重みを預ける。


 魚見がぬっと上体を近付けた。


「話は変わるけどさ、ハロウィンの日にパーティしようよ」

「先週祝賀会やったばかりなのに?」

「イベントはいくつあっても嬉しいじゃん。やろうよ萩谷の家で」

「俺の家かよ。まあいいけどさ」


 俺もどちらかと言えばイベントは好きだ。仲のいい友人と美味しい物を食べながらはしゃぐのは楽しい。妹は燈香に会いたがっていたしちょうどいい機会だ。


 朱音の顔が脳裏をよぎって、胸の奥から焦燥にも似たものがわき上がる。


 俺は右手をかざした。


「いや待て、やめよう、俺たちはもう高校生だ。受験に向けて勉強を頑張るべきだと思う」

「すごい手のひら返しだね。手首千切れ落ちたんじゃない?」

「たった今いいって言ったばっかなのにな」

「ハロウィンは妹が友人を連れてくるんだ。俺たちが集まるとぎゅうぎゅう詰めになっちゃうんだよ」


 もちろん嘘だ。妹の予定なんて確認していない。俺が懸念すべきは燈香と朱音の接触だ。


 俺は別れたことを朱音に伝えていない。燈香とのツーショットを友人に見せて「これ兄のかのじょー」と自慢していたし、ばれたら「何やってんの!」と怒鳴られること請け合いだ。自宅でのハロウィンは何としても阻止しなければならない。


「萩原の家ってそんなに狭いの?」

「まあな」

「だったら敦の部屋でやらない? 多少狭いけど四人なら――」

 

 俺はバッと振り向いて小さくかぶりを振る。


 気付け燈香! 一度は朱音と会ってツーショット取ってるんだ。君なら俺が今どういう状況にあるか気付けるはずだ!


 燈香が目をぱちくりさせて、意味深に「あー」とつぶやいた。


「やっぱり無理かも」

「そっかぁ。じゃあわたしでやるか」

「いいの?」

「うん」


 正直興味はある。魚見と言えばおしゃれなイメージだ。どんな家に住んでいるのか見てみたい。


「萩原もそれでいい?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 俺に続いて丸田の参加の意思表明が続く。


 細い首が元気よく縦に揺れた。


「決まりね! 参加者は何かしらの仮装をしてくること。あとお菓子持ってくるの忘れないでねー」

「分かった。せっかくだし良いやつ持っていくよ」

「まじ⁉ 期待してる!」


 教室と廊下を隔てるドアがガラッと音を鳴らした。


 友人が身をひるがえして各自席に戻った。先生の靴裏が教壇を鳴らして、起立の号令が掛けられる。


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