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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第37話 大事なことほど


 体育祭の閉会式を終えて帰宅した。妹の平坦なおかえりーを受けて洗面所に足を運んだ。


 手洗いうがいだけじゃ満足できない。見えないだけで体は砂だらけだ。


 自室に踏み入って下着とパジャマを回収し、脱衣室に足を運んで衣服を脱ぎ捨てた。引戸を開けて湿気ある空間に踏み入る。


 シャワーヘッドから流れ落ちる湯のつぶてで身を清める。

 

 アチアチの湯船に浸かってパジャマに袖を通した。自室に戻ってデスクチェアに腰かける。


 体育祭では俺たち赤組が優勝した。褒賞としてもらったパンはカバンに収まっている。二百円にも満たないパンだけど、これでも立派な勝利の証。夕食前だし後日大事に食べるとしよう。


 夕食までの時間を英単語アプリで潰そうと思った矢先、長方形の端末が勉強机の天板を振動させる。

 

 俺は腕を伸ばしてスマートフォンをわしづかみにした。視線を落とすと液晶画面には元恋人の名前が記されている。


 親指で一の字を描いてデバイスを耳元に当てる。


「もしもし」

「こんばんは敦。今大丈夫?」

「燈香か。大丈夫だけど、どうしたんだこんな時間に」

「さっき丸田から提案を受けてね。明日体育祭の祝賀会をやるんだけど、敦も来ない?」

「へえ、じゃあ行こうかな。店は予約してあるのか?」

「うん、丸田が予約したみたい。詳細は追って連絡するってさ」

「分かった。あいつ何気にそういうの得意だよな。先輩の指導のたまものかね」


 脳裏におにぎりをわしづかみにしたマッチョが浮かぶ。見るからに体育会系そうだし、昔からの手法を取っても違和感がない。


「どうだろう。今そういうの厳しいらしいし、ナンパする内に覚えたんじゃない?」

「ああ、そういえばナンパ師だったなあいつ」


 基本的にはいい奴だし、すぐ下心を見せる部分さえどうにかすれば上手く行きそうなのに。まあ妹は紹介しないけど。


「今さらだけど、連絡はラインでよかったんじゃないか?」

「連絡つかないと嫌だからって言うのもあるけど、個人的にちょっと話したいなと思って」

「いいよ、時間はあるから」

「ありがとう。短距離走練習してたの?」

「みんなそれ気になるんだな」

「だって本当に意外だったんだもん」


 わき上がった可笑しさが口を突いた。


 似たことを告げたのは今日で三人目だ。俺が周りからどう見られていたのかがよく分かる。そりゃ燈香の彼氏になった途端ヘイトを集めるわけだ。


「ちょうど一生懸命にやってみたい気分だったんだよ」

「へえ、めずらしいね。敦は合理的にやり過ごすと思ってた」

「俺を何だと思ってるんだ」

「んー勝てない勝負はしない合理主義者かな」

「俺もそう思ってた」

「何それ」


 デバイス越しのくすっとした笑い声が鼓膜を震わせる。


 きっと燈香の影響だ。憧れて、羨ましいと思って、近付くために快活な自分へと一歩踏み出した。


 俺だけじゃない。柴崎さんも俺を通して、積極的な姿勢を見習おうと考えた。他者を介して自分を理想形に近付ける。人々の営みはきっとそういうふうにできている。学校はまさに小さな社会だ。


「誰かから走り方を教わったの?」

「いや、自分で調べた」

「どうやって?」

「インターネットがあるじゃないか。今時動画サイトで取り上げてる人は多いだろ」

「動画見ただけでそこまで速くなるかな?」

「フォームや蹴る力の度合いとか、速くなるコツを組み合わせれば知らないよりは変わるさ。毎朝走ったのも大きいだろうけど」

「一人で起きれたんだね。早起きなんて久しぶりだったんじゃない?」

「ああ。燈香との関係がぎくしゃくして以来だな」


 なつかしい。付き合い始めた当初は燈香と競うように早く登校したものだ。


 関係が冷えてからは、顔を合わせる時間を減らすためにショートホームルームの十分前を狙って通学路を歩いた。自分の意思で早起きするのは数か月ぶりだったんだ。そりゃ一人じゃ中々起きれないわけだ。


「まあ手伝ってもらったから大して苦じゃなかったけど」


 口にしてハッとした。魚見と二人でジョギングしたことは伏せていることだ。


 まだリカバリーがきく。丸田に口裏合わせを頼んでもいいし、何なら妹に頼めばいい。朱音は燈香を気に入っているし、俺と燈香の仲を取り持つためなら協力してくれるに違いない。


「もしかして華耶?」


 思わず目をしばたかせる。


 逡巡したあげくに口を開いた。


「よく分かったな。魚見がジョギングしてること知ってたのか?」

「うん。朝走ってるって聞いたことあるから」


 魚見のやつ、燈香には話してたのか。


 胸にぽっかり穴が空いたみたいだ。燈香が知っていて俺は知らなかった。俺と魚見の間に距離があった証明に他ならない。


 勝手に二人だけの秘密と思い込んでいた自分が恥ずかしい。俺が思っているほど、魚見は俺を友人とは思っていないのかもしれない。


 いや待て、マイナスな方向に考えるな。

 

 逆に考えろ。ジョギングの件を打ち明けられたくらいには親しくなったんだ。


 可能性は可能性。人格を断定できるほど親しくもないくせに、勝手に魚見を決めつけるな。そんなだから魚見から信頼されてないんだ。


「敦?」


 我に返った。俺の様子がおかしいと思ったのか、声色にはうかがうような響きがある。


 俺はおどけたように努めて喉を震わせた。


「ごめん、ちょっと丸太のおにぎりのこと考えてた」

「え、おにぎり?」


 通じてない。やばい、滑った!


 咳払いして再度口を開いた。


「あいつおにぎり握るの上手いんだよ!」

「そうなんだ、知らなかったなぁ。美味しかった?」

「ああ。塩がしっかりときいてて美味かった」

「へえ、意外な特技だね」

「人って意外と隠しごとあるよな」

「そうだね。私たちもそうだったし、大事なことほど隠したくなるのかも」


 俺たちの関係悪化だって、応援してくれた友人に申し訳ないから隠していた。


 魚見のジョギングも然りだ。燈香以外には演劇のための体力作りすら伏せていた。それだけ魚見にとっての演劇は大事なんだ。


 いつかそういうことも話せるくらい仲良くなれたらいい。素直にそう思った。


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