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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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31/98

第31話 お返しです


「萩原短距離走だいじょうぶー?」


 休み時間に入るなり魚見に意地悪気な笑みを向けられた。元恋人の顔が右に並んでニタニタする。


「絶対陸上部の人出るよ? 負けちゃうよ?」

「部に所属してる人に負けるのは当たり前だろ。俺に非はない」

「戦う前から負けを認めてるの? かっこ悪い」


 燈香が瞳をすぼめる。


 魚見も違う意味合いで目を細めた。


「ほらぁ、頑張らないと彼女に見損なわれちゃうよ?」

「振られちゃうぞー」


 丸田も加わって冷やかし始めた。


 どう答えればいいんだろう。俺たちはいい形で別れられた自信があるけど、クラスメイトがいる場では口にしたくない。


 そうだなと応じるのが無難ではあるものの、それでは完全に嘘をつくことになる。他のクラスメイトならともかく、友人は俺たちの仲を応援してくれた。大好きな彼らにそんな嘘をつきたくない。


「振ったも何も、私たち別れたよ?」

「へーそうなん……え?」


 魚見が目を丸くした。おにぎりも目をぱちくりさせる。


「ちょ、ちょっと待て。別れたって、萩原とか?」

「うん」


 整った顔立ちに自然な微笑が浮かぶ。


 まさかこんなにあっさりばらすとは、隠そうとした俺がバカみたいだ。


 二人に視線を向けられて俺も首を縦に振った。

 

「マジか。あれだけ熱々だったのに」

「萩谷と燈香がねぇ。人生何があるか分からないなぁ」


 魚見が頭の後ろで両手を組む。胸元のふくらみが強調されて、俺はさりげなく視線を逸らす。


 

「ねぇ、何で別れちゃったの? カップルが盛り上がるイベントばっかりだったじゃん」

「海水浴に文化祭だもんな。普通いくところまでいきそうなのに。いつから仲冷え切ってたんだよ?」

「結構前だよね」

「ああ。半年くらい前か」

「そんなに前からだったの? ぜんっぜん気付かなかった」

「仲いい振りしてたからね。二人とも応援してくれたし、打ち明けるの気まずくて」

「そんなの気遣わなくてよかったのに。じゃあ晴れて二人とも独り身ってわけか。これは荒れそうだねぇ」

「荒れる?」

「だって体育祭が終わってもイベント盛りだくさんじゃない。十一月にはハロウィンがあるし」

「十二月はクリスマスだもんなぁ。後半にはスキー合宿もあるし、体育祭を機に距離を詰める奴も多そうだ」


 胸の奥がもやもやして室内を視線で薙ぐ。

  

 燈香の人気は俺も知っている。一心に嫉妬を受けた身だ。その辺りの内情なら女子にも負けない自負がある。


 男子の全員が燈香を意識しているわけじゃない。それでも一人以上は動く者が出るのは確実だ。


「私たちが言えた義理じゃないけどさ、二人とも後悔しないようにね」

「ありがと」

「その辺りは大丈夫だよ」


 燈香と微笑を交わす。


 別れたことを間違いとは思わない。燈香も同じ気持ちだろう。俺たちは後悔しないために別れたのだから。


 ◇


 放課後は実行委員の集まりがある。燈香たちと「また明日」を交わして一人廊下に出る。


 体育祭の準備が本格的に始まれば全校生徒の予定が決まる。部活や校門に向かう制服を見送るのもしばらく見納めだ。


 下へ続く段差に靴裏をつけようとして、魚見の言葉が脳裏をよぎる。


 戦う前から負けを認めてる。昔の俺なら自然な対応だ。日々陸上に励む男子は運動量や食事制限で体を作っている。週一すら走っていない俺が勝つのは不可能に近い。


 合理的な思考。


 俺が尊ぶものだけど、こだわりすぎるのは今の俺らしくない。


 やる前から負ける前提で挑む勝負は面白くない。不利から巻き上げるからアドレナリンがドバドバ出るんだ。来年は嫌でも勉強漬けになる。頭のこねくり回すなら今の内だろう。

 

 下ではなく上の階に足を運んだ。ドアを開けて静まり返った空間に靴先を入れる。


 調べる作業は自室でもできるけど、集中して取り組むなら人目のある場所が好都合だ。


 本棚の前を歩く。


 めぼしい背表紙に視線を止めて腕を伸ばした。元来た道を戻って奥にある椅子を引く。


「萩原さん」


 腰を落ち着けて数分した時のことだった。ページから顔を上げた先で品のある微笑みと目が合う。


 自然と口角が浮き上がった。


「柴崎さん。こんにちは」

「こんにちは。何の本を読んでいるんですか?」

「運動の本だよ。体育祭に向けて勉強しておこうと思って」


 柴崎さんが小首を傾げた。


「体育祭の勉強ですか?」

「言葉が足りなかったな。俺は短距離走に出場するんだけどさ、どうやったら速く走れるか考えてたんだ」

「そうでしたか。私はもうあきらめているので考えたこともありませんでした」

「普通はそう考えるよな。普段運動してないのに、毎日走ってる人に勝てるわけないし」

「部活に属している人とは練習量に差が出ちゃうからな」

「そうなんですよね。今から体を作っても間に合いませんし、体育祭で優勝して得られるのはパンだけです。釣り合わないって考えちゃうと中々努力する気になれなくて」

「柴崎さんは運動苦手だもんな」

「別に苦手ってほどじゃないです。ちょっと体が追い付かないことがあるくらいですよ」

「見栄を張らなくてもいいのに」

「萩原さん、意地が悪いです」


 やわらかそうな頬が小さくふくらんだ。


 俺はちょっとした達成感を得て苦々しく口角を上げた。


「ごめんごめん。気持ちは分かるよ。柴崎さんの体格で運動部に勝つのは現実的じゃないからさ」

「私ってそんなに貧相な体してますか?」


 柴崎さんが自身の体を見下ろした。


 俺は慌てて両手をかざした。


「いや、勘違いしないでくれ! 柴崎さんは華奢だから力任せじゃ勝てないだろうなと思っただけで、スタイルが悪いって言いたかったわけじゃないんだ!」


 身体的特徴は気にしたって仕方ない。ああいうのは求めたら際限がない。俺だって身長は百八十近く欲しかった。気にしていない人の方が珍しいだろう。


 それに、むしろ柴崎さんのスタイルは整っている。燈香ほどボリューミーではないけど、すらっとしていて品のある美がある。燈香の健康的な美しさと比べるのはナンセンスだ。

 

 くすっとした笑い声が図書室の静寂をかき乱した。


「冗談ですよ。萩原さんにからかわれたから、そのお返しです」


 レンズ越しに右まぶたが閉じた。


 悪戯っぽいウインクは今の柴崎さんによく似合っている。俺は反応に困って小さく笑った。


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