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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第29話 これからも一緒にいるために


「敦らしいね」


 くすっとした笑い声が続いた。


 次に足を運んだのは校舎だ。学び舎の門をくぐって昇降口に踏み入る。内履きに足を通して廊下の床に靴裏を付ける。


 今日は休日だけど、校舎は自主学習のために開放されている。誰かに叱られることなく目的地にたどり着いた。  


 踏みしめたのは中庭の歩行スペース。俺と燈香の距離が急激に縮まった始まりの地だ。


 俺たちが新たに事を始めるなら、この場所を置いて他にない。


「ここは変わらないな」


 憂いのオレンジを帯びた草木。中庭に呼び出されて好意を告げられた時のことを思い出す。当時は春だったから今よりも華やかだったけど、秋カラーの中庭もおもむきがあって悪くない。


「そうだね。でも、私たちは変わった」

「そうだな」


 狂おしいほどのときめきも、焦がれるような愛おしさも薄れた。かつて覚えたのは本当にそれらだったのか、本当にそんなものがあったのか、今となっては分からない。


 ああ、やっぱりだ。


 俺たちは、もうここまで来ていたんだ。


「燈香」


 恋人がおもむろに振り向く。


 俺は深く空気を吸い込んで口を開いた。


「俺は、君に憧れていた」


 浜辺に軌跡を残す波のように微笑みが色あせる。


 真摯なまなざしが発言を促しているような気がした。


「初めて見た時から君はまぶしかった。綺麗で、人当たりがよくて、勉学やスポーツも高水準でこなせる。俺にとってはまさに太陽のような人だった」


 一目惚れだった。多くの視線にまとわりつかれても胸を張って堂々と突き進む。俺が思い描く理想像に限りなく近い同い年の女の子。それが秋村燈香だった。


 中途半端な存在では背景にしかなれない。かといって俺には、甲子園球児やサッカー部キャプテンといった冠はない。


 だから勉学を頑張った。色々な本に目を通して簿記などの資格を取り、博学になれるように自らを磨いた。


 恋人になってもその生き方を続けた。太陽のような女の子と肩を並べるには石ころのままじゃいられない。最低でも月のごとく、太陽と比例される存在にならないと俺や周りが納得しない。強迫観念にも似た衝動に突き動かされて邁進まいしんする日々を送った。


「俺は君に近付けるように頑張ったつもりだ。でも、最近は奮い立つのが難しくなってきた。俺はここまでみたいだ」


 研鑽は身をすり減らす。そういう意味で、人と刃物は非常によく似ている。

研げば切れ味を増す一方で、そのたびに大事なものが磨り減るようにできている。


 スポーツ選手が鍛えた個所を故障しやすいのと同じこと。俺の場合は体力と精神力だ。燈香と一緒にいるために摩耗まもうする、そんな日々に疲れていた。


「そっか。敦はもういっぱいいっぱいだったんだね」


 燈香が口元を緩める。その笑顔は、難問の解法を見つけた子供のように晴れやかだ。


「実を言うと私も辛かったんだ。学年一位が色んな資格を取得してるんだよ? 陰でボランティアもして、完璧超人かってくらいなのに全く歩みを止めようとしない。そんなの怖いに決まってるよ。私がどれだけ敦のことでプレッシャーを感じていたか、知らなかったでしょ?」

「ああ。考えたこともない」

「どれだけ必死だったのよ」

ろうの翼で空を飛ぶくらいかな」

「イカロスじゃないんだから」


 互いに苦々しい笑みを交わす。二人きりで顔をくしゃっとさせるのは久しぶりだ。久々に燈香と向き合った気がする。


「お互いに、頑張り過ぎちゃってたんだね」

「相性が悪かったのかな」

「逆に良すぎたのかも」

「物は言いようか。でも、俺はそっちの言い方が好きだな」

「私も。言いたかったことは全部言った?」

「言ったよ。燈香は?」

「言った。じゃあ今の気持ちを同時に言い合おうよ」

「覚悟はできてるのか? 結構アレなことを言うつもりなんだけど」

「それはこっちのセリフ。じゃあ同時に言おうよ、せーのっ」


 次互いに相手の名前を呼ぶ。


 もう迷わない。勢いに乗って言葉を紡いだ。


「俺と別れてくれ」

 私と別れてください」


 同じタイミングだった。告げる前の緊張とは裏腹に、言い終えた後は爽快感すらある。


 好意は過去。互いに心が離れている今、嘘でも現在進行形で好きとは言えない。これ以上疎み合わないためにも一度関係を終わらせる。それが最善だと結論付けた。


 何もこれで終わりじゃない。俺たちは恋人関係を解消しただけだ。これからは尊敬できる友人として思い出を積み重ねればいい。


 もし新しい一面を見つけてまた好きになったら、その時はまた好意を告げよう。何度離婚しても繰り返し結婚するカップルもいる。燈香が同じ気持ちでいてくれるならやり直しはきくはずだ。


 復縁の果てにやっぱり別れが待ち受けているとしても、悩み抜いた末の結果なら諦められる。世界には数十億と人がいるんだ。一人に執着して幸せを逃すのは馬鹿馬鹿しい。


 俺は燈香と一緒にいたい。その形が彼氏でなくても構わない。


 だからまずは、そのために新たな一歩を踏み出そう。


「合意の上ってことで、これからは友人としてよろしくな」

「それはいいけど、呼び方はどうするの?」

「今のままでいいだろ。友人を名前で呼ぶ人なんていくらでもいるさ」

「それもそっか。じゃあ明日からは友達としてよろしくね、敦」

「ああ。よろしく、燈香」


 微笑みを交わして中庭の景観を視線でなぞる。


 校舎に囲まれた庭の中、風にそよぐアサガオのつぼみが葉擦れの音を鳴らす。



愛読ありがとうございました。


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