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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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104/104

第104話 ありがとね


 後日燈香はバレーボール部に入部届を出した。

 

 あまりのスピード復帰に丸太や魚見は驚いていた。二人に問い詰められるも、当事者の燈香はからっと笑って応じていた。


 俺はこの日の放課後も図書室で本を開いた。教える側に必要な知識を頭の中に詰め込む。


 靴音が近づく。


「萩原さん」


 本の文字から顔を上げた先で柴崎さんと目が合った。

 

「正面いいですか?」

「ああ。どうぞ」

  

 柴崎さんが正面の椅子に腰を下ろす。


「聞きました。秋村さん、バレーボール部に復帰したんですね」

「ああ。見事なスピード復帰だな」

「すごい胆力ですよね。退部してまだひと月も経っていない内に再入部だなんて。部員には反対されなかったんでしょうか」

「されなかったみたいだぞ。燈香が言うには」


 女子バレーボール部員に聞き込みするまでもない。あの堅物な片桐が声を荒げて俺を責めたくらいだ。他の女子も茶化しこそすれ迷惑に思うことはないだろう。


「秋村さんは人望があるんですね。萩原さんも一安心じゃないですか?」

「どうしてそこで俺が出てくるんだ」

「だってしゃべってる時の萩原さん、さっき私を見つけた時よりも楽しそうでしたもん」


 正面に映る白いほおが小さくふくらむ。


「柴崎さんすねてる?」

「そう見えるならそうなんじゃないですか?」

 

 やっぱりすねてる。


 なんて言っても話をこじらせるだけだから黙っておく。神秘的な美貌と子供っぽさのギャップに笑うしかない。


「柴崎さんって燈香と仲良かったっけ」

「特には。たまに二人で話すくらいです」

「そのわりには燈香を気にかけてるじゃないか。実は俺より仲良くなってたりして」


 レンズの向こう側にある目が細められる。


「私にそれを言うんですか。萩原さんって意地悪ですね」

「冗談だって」

「私に初めて冗談を言うくらいには浮ついてるんですよ。秋村さんってひざを故障していたんですよね。レギュラーに戻れるでしょうか」

「さあな」


 柴崎さんが目をぱちくりさせる。


「意外と素っ気ないですね」

「俺が気にしても仕方ないからな。後は燈香次第だ」


 燈香はこれからが大変だ。勉強は俺が教えるからいいとして、バレーボールの上達は燈香の努力に依存する。


 怪我のブランクや周囲との練習量差。レギュラー復帰のために達成すべき課題は山積みだ。


「信頼してるんですね。秋村さんならできるって」

「信頼とは違うな。しいて言うなら、そうなってほしいっていう俺の願望だよ」

「なるほど、それは少し分かります。私もここで本を読んでいていいですか?」

「もちろん」


 俺は本のページをめくって活字を視線でなぞる。柴崎さんとの読書タイムに身を委ねた。



 ◇



 柴崎さんは一足早く下校した。


 俺は完全下校時刻の十分前を見計らって席を立った。静かな廊下を一人踏み鳴らして帰途につく。


 燈香との約束通りに放課後の勉強会は継続する


 その一方で場所は図書室から変更した。バレーボール部の活動が終わるのは完全下校時刻を回ってからだ。図書室の利用許可は得られない。


 かといって毎回ファミレスやカフェで待ち合わせたら財布がもたない。そこで俺は自宅で勉強する提案をした。


 俺は自宅の玄関でただいまの声を張り上げた。熱い湯を浴びてから夕食を腹に収める。


 その他身支度を済ませて自室に踏み入った。スマートフォンを立てて先日インストールしたアプリを起動する。


 Web会議サービスのウィンドウが展開された。画面に寝間着姿の少女が映る。


「こんばんは。そっちから見えるか?」

「見えるよ。私の声は聞こえる?」

「聞こえる。大丈夫みたいだな」


 これが俺たちのアンサー。勉強場所に困るなら自宅で勉強すればいい。無料でこれができるんだから便利な時代だ。


 画面や声の確認を終えて問題集を開いた。燈香が分からないと挙げた問題を確認して、その解法を噛みくだいて教える。


「そういえばバレーボール部の仲間はどうだった?」

「どうって?」

「急に復帰しただろ。みんなびっくりしてたんじゃないか?」

「うん。新入部員のつもりであいさつしたらみんな目を丸くしてた。凛子なんて真顔で『は?』って言ってたよ」

「燈香の退部で一番ショック受けてただろうしな」

「そうなの?」


 燈香が目をぱちくりさせた。


 俺はいたずらっぽくうなずく。


「ああ。何せ燈香の退部後に突っかかってきたくらいだからな」

「へえ、そんなことがあったんだ。私それ知らなかったよ」

「そりゃ片桐は言わないだろ。あいつ冷笑系気取ってるし」

「凛子ってそういうキャラだったっけ。私が凛子に抱いてる印象と大分違うなぁ」

「逆に冷笑系以外にはどんな属性があるんだよ」

「熱血」

「あり得ないだろ。部活に一生懸命なのは否定しないけど」

「んーじゃあドジっ子属性? ちょっと抜けてるところが愛嬌あるよね」

「その女子の名字は絶対片桐じゃないな」


 スマートフォン越しに小気味いい笑い声が響く。


 今のは燈香のジョークだったんだろうか。とりあえず俺も笑っておく。


「もう片桐のことはいいや。久しぶりのバレーは楽しかったか?」

「うん。すごく楽しかった! やっぱり周りのレベルにはついていけないんだけど、練習を見学してると新しい発見もあったんだよね。くせって言うの? みんなの動きがよく見えるっていうか」


 燈香がいい笑顔で言葉を連ねる。


 本当に楽しかったのだろう。ただの見学でも饒舌じょうぜつになってしまうほどに。


 バレー部に復帰する前の燈香は燃え尽きた灰のようだった。微笑みこそすれ、そこには明らかに熱が欠けていた。


 でも今は違う。はきはきしたこの在り方は俺のよく知る秋村燈香だ。図書室で勉強していた頃の、吹けば飛んでいきそうな弱々しい少女の面影はどこにもない。


 おかえり。俺は心の中でそう告げる。


「どうしたの? 急に微笑んで」

「いや、いつも通りに戻ったなと思ってさ」

「大げさだね。私は何も変わってないのに」

「変わっただろ。部活辞めた頃と比べて明らかに活き活きしてるぞ」

「変わってないって」

「変わったよ」

「変わってない」


 意味のない口論。それすらもなつかしさが込み上げる。


 打って響くような感じが何ともこそばゆい。

 

「敦」

「何だ?」

「ありがとね」

「何に対してのお礼だよ」

「色々だよ。勉強とか、バレーボールの世界に連れ戻してくれたこととか」

「気が早いな。そういうことはレギュラーに復帰できてから言ってくれ」

「その時にもまた言うよ。私今すっごく楽しいんだ。バレーやってなかった頃が信じられないくらい」

「部活に戻るまで死んだ目してたからな。ずっと未練がましく体育館の扉を見てたし、正直見てられなかった」


 画面に映る端正な顔立ちがむっとする。


「どうして素直にお礼を言わせてくれないかなぁ。さては照れてるね?」

「照れてない」

「うそ。絶対照れてる」

「さーて無駄にできる時間はないぞー。勉強再会だ」

「はーい」


 燈香が間延びした声が弾ませてシャーペンを握る。


 状況は変わらない。燈香は多くのハンデを背負った身で、先を走るライバルたちの背中を追いかけなければならない。


 それでも燈香はやる気でいる。


 追いかけるにもまず初めの一歩からだ。燈香はプライドを捨てて踏み出した。その先にはバレーの道が続いている。


 燈香が本当にレギュラーを勝ち取れるかは分からないけど、当の本人は挑戦を楽しんでいる。バレーボールに励んで、受験勉強にも逃げずに向かい合っている。


 生きることは楽しいだけじゃない。辛いことと苦しいこと、それらの積み重ねが人生だ。


 だったらこれでいいと、今は信じる。


きりがいいのでこの話で終わりにします。ご愛読ありがとうございました

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