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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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103/104

第103話 遠回りしちゃったな


「言い訳ってどういうこと? 私が何を言い訳にしてるって言うの?」


 燈香の声色が荒さを帯びた。


 俺は内心ほくそ笑んで言葉を紡ぐ。


「燈香が部活を辞めたのは大学受験を見据えてのことなんだろ? それは俺の申し出で解決する。もう部活復帰を渋る理由なんてないのに、それでも渋るってことはそういうことだろ」

「ずいぶん自信家なんだね。教員免許を持ってるわけでもないのに」

「学年一位だからな」

「いい成績取ってるからって、教えるのも上手とは限らないでしょ」

「それはそうだな。じゃあ俺の教え方が悪いと思ったらまた退部すればいい。予備校でも塾でも好きな所で学べばいいさ」

「そんな無責任なことできるわけないでしょ」


 形の良い眉が角度を帯びる。


 俺はわざとらしくため息を突いてみせた。


「ごねるなぁ。そういえばこの前言ってたな、受験勉強と部活を両立させる自信がないって。やる前からあきらめてどうする」

「できなかったから多くの時間が無駄になるんだよ? そんなリスクの高いことできないよ」

「ああ、そうか。つまり燈香は身の程を知ったんだな」

「身の程?」

「だってそうだろう? 多くの卒業生が受験勉強と部活の両立させてきたんだ。それができないってことは、燈香は卒業生よりも劣ってることになる」


 形のいい眉がぴくっと揺れる。


 俺が知る限り燈香はかなりの負けず嫌いだ。


 特に運動に関しては筋金入りだった。部活の練習試合はもちろん、体育の授業で行われた試合に負けるときまって不機嫌になった。一部の同級生が苦言をていする中で、俺は燈香のがむしゃらに勝利を目指す在り方をまぶしいと思ったものだ。


 退部しても燈香の性根は変わっていない。問題集を早く解く競争に負けてむすっとしていたのがその証拠だ。


 本心を聞き出すにはこれしかない。


「どうして、そんなこと言うの?」


 声色が微かに裏返った。胸の奥がチクッとして口元を引き結ぶ。


 それでも言葉は止めない。


「見てるこっちが苛々するんだよ。この際だからはっきりさせて終わりにしよう。白状してくれよ、秋村燈香の限界はこの程度だったって。俺たちが期待してた秋村燈香は幻想だったんだよってさ」

「やだ」

「嫌でも限界は限界だろ。他にバレーをあきらめる理由があるなら言ってみろよ」

「辛いの!」


 燈香がぎゅっと目をつぶった。張り上げられた声が静かな体育館内を駆けめぐる。


「辛いって、何が?」

「自分の限界を知ることだよ! 本気で取り組んで、それでも駄目だったら言いわけできないじゃん!」

「誰に言い訳するんだよ。燈香に憧れてる連中か? 部活仲間か? それとも、燈香自身にか?」


 華奢な体がぴくっと震える。


 周りへの見栄。部活仲間を失望させたくない。そういった思いはあるだろう。


 何より自負心が揺らいでいる。


 突出して上手かった自身が今は誰よりも下手。栄光を欲しいままにしていた頃とのギャップが燈香を縛りつけている。


 輝かしい思い出が壊れるくらいなら手を引く。俺もそんな気持ちに心当たりがないと言えば嘘になる。


 でも駄目だ。あきらめさせてなんかやらない。


 俺が見たい燈香は汗だくで息を切らしながら、それでも一生懸命に跳ぶ燈香だ。


「言い訳なんかして何になるんだよ。逃げたって事実が残るだけじゃないか。今度はもし挑戦していたらって後悔が残るだけだぞ」

「私の気持ちなんて分からないだろうね。誇れるものをずっと持っていられる敦には」

「大げさだな、もっと簡単に考えろよ。挑戦すらせずにあきらめるなんて、それこそ努力してきた自分に対する裏切りだろ。それとも燈香は怪我をしたスポーツ選手に対して、もうライバルに追いつけないから止めた方がいいって言うのか?」

「それは」


 燈香が口をつぐんで視線を落とす。

 

 怪我をした箇所は動かせない。治療で筋力や技術が衰えるのは間違いない。


 でも積み上げたもの全てがきれいさっぱり無くなるわけじゃない。世の中には大病を治した後で頂点に立った人もいる。


 本当に大事なのは、本人がやりたいかどうかだ。


「これで最後にする。次に嫌というなら今後はもう口出ししない。燈香はどうしたいんだ? バレーをやりたいのか、やめたいのか。よく考えて決めてくれ」

 

 つぐまれた口は開かない。


 繊細な指がぎゅっと丸みを帯びる。言葉こそ紡がれなくとも、燈香の中で色んな葛藤がせめぎ合っているのを感じる。


 永遠かと思われる沈黙を経て、燈香が顔を上げた。


「この前言ったこと、ちゃんとやってよ?」


 問いを投げられて思わず首を傾げた。


「この前俺何て言ったっけ?」

「勉強教えるって話だよ。ちゃんと責任取ってよね」

「あー」

 

 そういえば言ったなぁそんなこと。


 でも、それって。


 理解が追いつく前に燈香が出口へと踏み出す。


「あーあ、何だかすごく遠回りしちゃったな」


 俺はあわてて華奢な背中を追いかける。


 肩を並べてのぞき込んだ燈香の顔は、どこか吹っ切れたようなさわやかさを帯びていた。


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