第102話 悪役にだってなってやる
体育館に沈黙が訪れる。
冗談めいた笑いが静けさを決壊させた。
「何でそういう話になるの? 私は部を辞めたばかりなんだよ」
「でもバレーやりたいんだろ」
「誰がそんなこと言ったの? 勝手な決め付けしないで」
「決め付けじゃない。あれだけ未練がましく体育館の扉を眺めやがって、俺じゃなくても気づくぞ」
燈香が口元を引き結んだ。繊細な指が丸みを帯びてスカートにしわを寄せる。
拳を作らせたのは苛立ちか、怒りか。
どちらにせよ受け止める覚悟はできている。
「私、バレー辞めるって言ったよね」
「ああ」
「敦にちゃんと、そう言ったよね?」
「ああ」
「じゃあ何でそんなこと言うの? 受験勉強に腰を入れたいって、ちゃんと理由も伝えたじゃない」
「それが理由なら問題ない、俺が勉強を教えれば済む話だ。図書室での勉強で手ごたえ感じただろ」
「それは」
言葉が続かない。
手ごたえを感じなかったわけがないんだ。解法を応用して難問を解く燈香の顔には笑みがあった。
さながら流れをせき止める岩を外して、一気に放流したような爽快感。人が勉強にハマるきっかけは大体これだ。ページの上でシャーペンの先端を走らせる燈香の笑顔は今もまぶたの裏に焼きついている。
勉強会が楽しくなかったなんて言わせない。
「部活後の時間をくれ。なんならオンラインでやってもいい」
「そんなの敦に迷惑がかかるよ」
「前に言っただろ? 教えるのも勉強になるんだ。教えるには深く理解してないといけないし、燈香が思うよりも勉強になるんだよ」
俺は燈香の友人に戻った身だけど、燈香に失望されたくないという思いは残っている。
頼られたところは完璧に答えてみせる。そんな自負がいい緊張感になるんだ。
「でも、でもさ」
「まだ何かあるのか? 俺にもメリットがあるんだ。燈香が気兼ねする必要はどこにもない」
「そんな、わけには」
燈香がうつむく。
らしくない覇気のなさが目についた。
「はっきり言えよ。俺のことは言い訳なんだろ?」
「え?」
燈香が顔を上げる。
端正な顔立ちはきょとんとしている。俺がこんな物言いをするとは夢にも思わなかったに違いない。
俺は無意識に燈香を上の存在だと認識してきた。
好意を告げられた時は選ばれたと認識した。交際してからは燈香に見限られないように研鑽を重ねた。
別れて友人関係に収まってからも、どこか燈香を上に見る自分がいた。
それはもうやめる。
誰かを上下に据える必要はなかったんだ。社会的立場は違えど同じ人間。後は相手をリスペクトできるかどうかの違いでしかない。
俺は燈香に尊敬できる友人であってほしい。
そのためなら悪役にだってなってやる。




