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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第10話 海難事故

 

 あっというまに時が流れた。哀愁漂う光が海水場を色付けて、数時間前とは違ったロマンチックな雰囲気が醸し出される。


 そろそろ引き上げかと思った頃、丸田がそーっと寄ってきた。


「お前何してんだよ」

「何って?」

「何でぼーっと突っ立ってんだって言ってんの。秋村誘って浜辺を歩いてこいよ」


 丸い顔にニシシと笑みが浮かぶ。面白がっているのがありありと見て取れた。


 俺はかぶりを振る。


「いや、今日はいいよ」

「いいわけあるか。こんなナイスシチュエーションだぜ? 雰囲気盛り上げなくてどうするよ」

「いいって」

「よくねーって」

「いいって!」

「よくねーって!」

「なになに何の話ー?」


 魚見がにこにこして歩み寄ってきた。こそこそ話すのが面白そうに見えたらしい。


 魚見は丸田の味方だった。二人の熱に押し切られて燈香に歩み寄る。いぶかしむ視線に迎え撃たれた。


「何?」

「あの二人に言われて浜辺を歩くことになった」

「そう、行ってらっしゃい」


 燈香が興味を失ったようにまぶたを閉じる。


 所詮他人事なその態度が気に食わない。俺は意地悪く口端を吊り上げる。

 

「何を言ってるんだ? 君も一緒に決まってるだろ」

「は?」


 長いまつ毛が上下に分かれた。


「一緒ってどういうこと?」

「丸田にやれって言われてさ、断り切れずこうなった」

「ちゃんと断ってよ!」

「そういう空気じゃなかったんだよ!」


 おまけに魚見まで参加したし、あの状況で跳ね除けるのは困難だ。燈香がいたところで役に立たなかったに違いない。


「そんなわけで浜辺を歩こう。会話しなくてもいいから」


 燈香がため息を突いて腰を上げる。


 俺だって好きで誘ってるわけじゃないんだ、もう少し態度を繕ってくれてもいいのに。


 波打ち際に足の裏を付ける。ひんやりとした踏み心地を味わいつつ、海水が押し引きする地面に足跡を残す。


 何かを語る必要はない。沈黙とたわむれていれば事は済む。


 ちらっと視線を振る。


 人の気も知らずに、友人は浮谷さんや柴崎さんと向かい合って口を開いている。


 おのれと視線を送っていると、二人の視線が逸れて目が合った。頑張れよと言いたげなサムズアップが向けられる。


 思わず舌打ちしそうになった。誰のために仲のいい振りを演じていると思っているんだか。


「ねぇ、あの人と何を話してたの?」


 何をとち狂ったのか燈香が話し掛けてきた。


「あの人って、柴崎さんのことか?」

「他に誰がいるの?」


 俺は丸田や魚見をあの人とは呼ばない。消去法で柴崎さんになるのは分かるけど、もっといい方ってものがあるだろう。


 これ以上空気を悪くしたくない。俺はまぶたを閉じて感情を鎮める。


「本のことだよ。柴崎さんは読書好きだから話が合うんだ」

「海まで来て? 本当に本が好きなのね。それとも柴崎さんと話すための口実かな」


 思わずため息を突きかけた。


 何が悲しくて、ロマンチックな空の下で探り合うような会話をしなければならないのか。


 隣にいるのが柴崎さんだったらどんなに良かっただろう。知的な会話を交わしながら、あの可愛らしい笑みで気分を盛り上げてくれたに違いないのに。


 憂鬱を抱えて横目を向ける。


 視界の隅に移るのは燈香の横顔。もはやこっちを見てすらいない。


「さっきから妙に棘がある言い方だな。もしかして嫉妬してるのか?」

「本当にそう思ってる?」

「思ってない。燈香も浮谷さんと仲良さげにしゃべってたもんな」


 一緒にバレーボールをしたり、丸田にスパイクを決めたり、サーフィン談義で盛り上がったり。俺たちよりもよほど仲睦まじい様子だった。


 燈香が愉快気に口角を上げる。


「興味深かったよ。サーフィンなんてしたことないから、彼から出てくる言葉全てが新鮮だった。今度サーフィンしないかって誘われもしたんだから」

「そりゃよかったな」


 浜辺歩きで時間を潰して丸田たちと合流する。


 これで海水浴も終わり。帰宅の準備に取り掛かっていた、その時。


「由美ちゃん!」

「誰か! ライフセーバーを呼んできて!」


 悲鳴じみた声が伝播した。


 振り向いた先には取り乱す女性がいた。大勢の野次馬も混じって一か所を見据えている。


 幾多もの視線を追った先に、水面の上で揺れる物が映る。


 それは子供の腕だった。海面を叩いて飛沫を上げている。近くにはしぼんだ物体がぷかぷかしている。浮き輪だろうか? アクシデントで穴が空いて空気が抜けたといったところか。


 風圧が腕を撫でた。


 燈香だ。明るい色の髪をたなびかせて浜辺へと足を進める。


「あのバカ! セーバーに任せときゃいいのに!」


 ライフセーバーを名乗るのに資格はいらない。


 一方で知識やスキルが求められる。燈香は素人。基本的な知識を知っているかどうか怪しいものがある。


「柴崎さん、それ貸して!」


 貸してとは名ばかり。ひったくるようにして浮き輪を握り、手脚を振って燈香の背を追いかける。


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