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第1話 実った恋


「あなたが、好きです」


 フローラルな香りで満たされた空間に秋村さんの通った声が響き渡った。


 夕焼けを吸うさらっとした髪、蛾の触覚を思わせる長いまつ毛。時刻のせいか、透き通るような白い肌に茜色が差している。


 草木を観客に、俺は目を見張って立ち尽くす。


 一瞬言われたことが理解できなかった。男子なら誰もが言われたい言葉を、あの秋邑さんの口から聞けるなんて夢にも思わなかった。


 現実味を欠いたこの状況。しかし問い返そうとは思わない。

 

 告げられた内容が冗談かどうかは、整った顔立ちを彩る表情が物語っている。お風呂でのぼせたように紅潮した肌、引き結ばれた桃色のくちびる。制服のスカートにしわを寄せる様子からは、普段のはつらつとした雰囲気が一切感じられない。


 うるさい。


 左胸の奧が、うるさい。


 まるで全力疾走した後みたいだ。このバクバクドキドキした鼓動が苦手で、短距離走では程よく手を抜いてきた。


 今は全く気にならない。時間の許す限り眼前にある顔を見つめていたい。


「ずっと、好きでした」


 桜色のくちびるが言葉を続けた。


 聞き間違いじゃなかった。察して、頭の中がとろけるような感覚に陥った。内から込み上げる熱がこわばっていた体をほぐす。


 どうして俺を、なんて聞くのは野暮だ。


 秋村さんが俺を好いているのは明白。数秒後は分からないけど今この瞬間は両想いだ。理由を聞いて面倒な男と思われたくない。


「俺も、ずっと君のことが気になってた」

「本当に?」


 大きな目が丸みを帯びた。視界を彩る花のせいだろうか。いつも綺麗な小顔が普段の何倍も華やいで映る。


 黙っていては駄目だ。沈黙した分だけ秋村さんを不安にさせる。


 胸の奥から噴き上がる焦燥が口を突いた。


「俺も、君のことが好きだ」


 あごは引いたか? 胸を張ったか? 


 自信はない。せめてあふれんばかりの好意を伝えるべく秋村さんの瞳を見つめる。

 

 目を離せない、引き込まれる。


 透き通るような目の輝きは、内に秘められた活力で灯されているかのようだ。活動的で明るい人気者の彼女に好かれている。そんな自分が誇らしい。


 そよ風が枝葉を擦り鳴らす。耳当たりのいいその音だけが静寂をかき乱す。


 言葉は浮かばない。気まずいはずの沈黙がたまらなく心地いい。


 プールで脱力している時のような、自分の存在が受け入れられている感覚。自然と口角が浮き上がる。


 きっとこれでいい。視線を交差させているだけで、秘めていた想いの全てを交換できる気がする。


 頭上から降り注ぐオレンジの光が、俺たちを祝福してくれているように感じた。

 


 今なら分かる。


 あれは、たぶん気のせいだったのだ。



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