第26話 悪役令嬢と国の秘密
ミースと王都へ向かう者達は、慌ただしく準備を整える。
そして瞬く間に4日が経過した。
ミースたちが魔法都市“スリネトス”を出発する前日の夜、
ラコッタは静かに、しかし大胆な歩みでレッド侯爵家の廊下を歩いていた。
彼女の目的地は、グリーガスの書斎である。
「さぁて、やっぱり報告しておかないとねぇ。」
そうしてあることを報告しようと、ラコッタはグリーガスの目の前に現れた。
「グリーガス様、夜分遅くに申し訳ありませんねぇ。
少し、老骨の戯言に付き合ってもらえませんか?」
ラコッタは部屋に入り、グリーガスへそう投げかけた。
「ぁあ、お前の愚痴を聞けるのは俺ぐらいだからな。
良い酒がある。飲むか?」
グリーガスは、いつもの愚痴だと思い、そう提案した。
「いぃえぇ〜、今回は遠慮いたしますわ。
それよりも、4日前に伝えたことです。」
ラコッタは、グリーガスの優しさに微笑み、少し雰囲気が柔らかくなる。
「確か、ミースの様子が気になるって話だったか?」
グリーガスは、その内容を思い出した。
「はい…レッド侯爵家の今後に関わるかもしれないことです。
わたくし、確信いたしました。
ミースお嬢様、彼女は危のうございます。」
ラコッタは、一気に空気を張り詰め、ミースを危険視した。
「・・・どうしてそう思う?」
グリーガスは少し驚いた後、彼も気を引き締め、その理由を聞いた。
「この4日間、観察しましたが、彼女の振る舞いは到底8歳とは思えないものでございました。」
ラコッタは報告を続ける。
「あぁ、それは私も感じたことだ。
ただ、それはミースが優秀だからじゃないのか?」
グリーガスは、ラコッタの報告が勘違いであることを願った。
「いえ、そうではありません。
わたくしは、周囲の物の距離や大きさ、それに対する動作も正確に把握できるのはご存知でしょう?」
ラコッタは、自分の固有能力を説明した。
「ああ、何度も助けられた。素晴らしい"改名"だ。」
グリーガスは相槌を打つ。
「わたくしが見れば、その人物の所作の癖など一目瞭然です。
ミースお嬢様は、とても活発で素敵なお方でした。
しかし、その"改名"で把握していた以前のミースお嬢様の所作と今のミースお嬢様の所作は全くの別人でございます。」
ラコッタは、自分の固有能力を踏まえ、ミースの異常さを説明した。
「成長したと言うことじゃないのか?」
グリーガスは続けてラコッタの勘違いを願った。
「いえ、大怪我や年齢による体の衰えを経験していない以上、足や腰を庇うような所作は身に付かないのです。」
ラコッタは具体的な例を挙げる。
「・・・」
グリーガスは、その具体的な例に押し黙る。
「ミースお嬢様は、いえ、あの者はどうにもミースお嬢様に扮した別人であると、わたくしは思ってしまうのです。」
ラコッタはそう締めくくる。
「・・・ミースが"ブラック・ワスプ"から逃げている時、"改名"が使えたと言っていた。」
グリーガスはそこまで聞き、思い当たる節を挙げる。
「・・・まさか、」
ラコッタは、その事から導き出されることに驚く。
「ああ、"王の器"があるかもしれない。
・・・ミースを今すぐ呼んで来てくれ、
確認しよう。」
グリーガスは意味深なことを続け、ミースを呼び出す。
「承知いたしました。」
ラコッタは難しい面持ちで了承し、下がって行った。
{もしかしたら、荒事になるかもしれないねぇ、
あぁ、やだやだ、アネス様にあんなに似ているのに、}
視点はミースに戻る。
彼女は明日からまた旅に出るため、早めに休んでいたのだが、再びラコッタの案内でグリーガスに呼び出されていた。
ちなみに、ミースだけの呼び出しなので、サヤは部屋でお留守番している。
「こんばんは、グリーガスお爺様。どう致しましたか?」
ミースは、書斎の机で難しい顔をしているグリーガスにそう問いかける。
この時のミースは完全に油断しており、気づかなかったが、ラコッタがしれっとミースの後ろ、部屋の扉の前に移動し、出入り口を塞いでしまっていた。
「前に、"改名"とはどういうものか知りたがっていたな。」
グリーガスはそう口火を切る。
「はい、お爺様。」
ミースはそれを肯定する。
{"改名"について?
確か知りたがってもいけないとか?
あー、めんどくさ}
「次の質問の答え次第で、教えてやろう。」
グリーガスはそう提案した。
「?・・・どういうことですか?」
ミースは疑問に思うが、次のグリーガスの言葉で、その全てが吹き飛ぶこととなる。
「ミース、お前は"前世の記憶"を持っているね?」
「ッ・・・」
ミースは絶句する。
{はぁ!?何でバレたのよ!
いや、今そこはどうでもいい!
どう返すのが正解か!?}
ミースは少しの間、頭をフル回転させ、次の言葉を考える。
「・・・はい、」
結果、ミースはそれを認める他なかった。
「やはり、そうだったか!」
グリーガスは予想が当たり、声を跳ね上げる。
「"改名"を使った時だね?」
グリーガスは続けて、いつから前世の記憶があるかを確かめる。
{ここ!
ここが分岐点ね!
いつから前世の記憶があるか次第で、今までの行動の意味合いが180度変わってくる。}
「その通りです。
つい最近、"ブラック・ワスプ"から逃げる時に、」
ミースは慎重に、だが大胆にそう発言する。
「そうか、わかった。
・・・教えよう、"改名"について、
・・・この国の"秘密"について、その全てを、」
グリーガスはミースのその発言を信じ、"改名"どころかこの"国の秘密"まで話すと言う。
「この国の秘密!ですか!
よろしくお願いします!」
{なるほど!なるほど!
芋蔓式に国の秘密に繋がるとはね!
そりゃあ秘密にもなるわね!
何はともあれ、楽しみだわ!異世界の秘密!!}
ミースは、上手くいったことに加え、気になっていた"改名"、さらに"国の秘密"が知れることに喜ぶ。
「まずは"改名"について教えよう。」
グリーガスはまず"改名"に触れた。
「"改名"とは、"前世の実体化"である。
その者の前世がどのようなものであるかによって、実体化する力が変わってくるのだ。」
「へー!なるほどね〜!
でも、前世の力と言っても、何か違うのよね。」
ミースは改名について知り、その内容に疑問を抱く。
不服そうなミースに、グリーガスは説明を続ける。
「前世の物と"改名"で実体化した物に差異があると感じているな?」
「えぇ、」
{差異どころの話じゃないわよ!
別物よ!別物!}
「それはな、お前のように"全て"の記憶を思い出していないからだ。
ほとんどの改名者は、ただ自分はそうだったという漠然とした"確信"だけを持ち、"勘違い"で能力が発動する。
まだ研究が十分ではないが、そういった理由から改名者は、その"勘違い"を広げることで能力が強力になるのだ。
お前のような例外を除いて、"勘違い"を狭める"正しい前世の把握"は避けなければならない。」
グリーガスは、一旦そこで"改名"の説明を終える。
「あぁ!なるほど!」
ミースは一応納得する。
{要するにアレね。
拡大解釈ね。
ちょっと違うか、
"拡大勘違い"と言ったところかしら。
それで、正確な前世を知らなければ、拡大勘違いし放題っていうわけね。
実際に起こっているから受け入れるしかないけど、意味わからないわね!}
ミースはそう分析し、解釈する。
「さて、次はこの国、まぁ王の秘密についてだ。
まぁここまでの話で予想できるだろうが、この国の王は、前世の記憶を持った者がついている。」
グリーガスは、次にこの国の秘密、王について話し始める。
「なるほど」
ミースは再び色々と納得する。
グリーガスは王について説明を続ける。
「先代の王"トライアント・ホワイト"は、元々バラバラの国で争いが続いていたこの土地を、魔法大国"エウレメント"として一代でまとめ上げた。
2代目、現在の王"ジャッチス・ホワイト"は、裁判制度を取り入れ、国の内政を整えた。」
「はい、存じています。」
{この世界の節々(フシブシ)で出てくる現代的な言い回しやシステムは、全部そいつらのせいね。}
ミースは知っていた王たちの逸話を再分析し、そう感じる。
「この国はその"前世"の知識によって成り立っているのだ。
故に、この国の上流階級や事情を知っている一部の者たちの中で"前世の記憶"を持つ者は、かなり特別視されている。
これらが、"改名"とこの国の"秘密"だ。」
グリーガスは、少し申し訳なさそうに締め括った。
{まぁ、何となくだけど、全て察せたわ。}
「ありがとうございます。お爺様、」
ミースは、この世界のことを何となく理解し、満足する。
「ミース、・・・いや、教えてくれないか、
"改名"を、」
グリーガスは改めて名前を聞く。
「・・・わかりました。
改めまして、お爺様。
"改名":"尾花卯花"と申します。
以後お見知りおきを、」
ミース、尾花卯花は綺麗な所作で名乗る。
今思うと、私は"ずっと改名をしていた"ってことだったのね。
「オバナウカ? よろしく、な。」
グリーガスは慣れない様子でぎこちなくそう返す。
「ふふ、お爺様、ご安心ください。
前世の記憶があろうと、私は私、
いつまでも孫娘と言ったではないですか。
それに王になると決めたのは、前世の記憶が戻る前の私、
今も根元は、前世の記憶が戻る前の私なのです。
なのでこれからも"ミース"とお呼びください。」
ミース、尾花卯花はグリーガスを安心させるようにそう嘘を続ける。
実際の主人格は尾花卯花だけどね。
ごめんね、お爺様。
「ああ、ははは、気を使わせてしまったな。
分かった、ミース。
今後もお前は、私にとって可愛い孫娘だよ。」
グリーガスは先程よりも気を緩ませてそう返す。
「さて、"前世の記憶"だが、まだ秘密にする必要がある。」
グリーガスは気を引き締め、そう釘を刺す。
「そのつもりでしたが、やはり危険ですか?」
ミースは確認を取る。
「あぁ、王以外にももちろんそういう存在はいた。
しかし、酷い最後を迎えるケースが多くてな。
ある程度、下地を作ってから公表した方が先決だ。」
グリーガスは全例を思い出し、そう忠告した。
「わかりました。そのようにしたいと思います。」
ミースは理解し、秘密を守ることを誓う。
「あぁ、あとアネスとアルマについてだが、彼女たちにもまだ秘密にしてほしい。
私が責任を持つ。
まだ、彼らの子供でいてやってくれ。」
グリーガスはアネスの女児を授かった時の喜び様を思い出しながら、続けてそうお願いしていた。
「えぇ、・・・そのつもりです。」
ミースは前世の自分、尾花卯花として、この世界の母親と父親に接する気まずさを想像し、それを了承する。
「あの、今後のために教えていただきたいのですが、
何故、私に前世の記憶があると分かったのですか?」
ミースはここで話を変え、なぜ前世の記憶を持っていることがバレたのか、グリーガスへ聞く。
「そこは、愛と答えたいところだが、
ラコッタの"改名"の力だ。
色々な状況が重なって分かったことだからな。
普段から気を付けることはないさ。
詳しくは、本人から聞くと良い。」
グリーガスは、冗談を交えながらも正直に答えてくれた。
「そうでしたか、わかりました。」
ミースはチラリと後ろのラコッタを見ると、ラコッタは微笑み、お辞儀をした。
{やっぱり、敵わないわね。ラコッタお婆、}
そして、この場にいる人々にとって重要な会話は終わりを迎えた。
{お父様には黒髪が、
お爺様には前世の記憶があることがバレた。
前途多難ね。私、}
※備考
"改名"について
まず前提として、この世界の人間には前世があります。
故にこの世界の人々は、既視感を多く持つことがあります。
そして既視感から前世を意識し、本文にあるように、
[ただ自分はそうだったという漠然とした"確信"だけを持ち、"勘違い"で能力が発動する]
とある様に、"前世の具現化"が起きます。
しかし、実際は"前世の具現化"をしているの訳ではありません。
正しくは、"確信のある勘違いの具現化"となります。
そしてこれは、"魔法の適正が高い者"が対象となります。
これにより何が起きているかと言うと、
魔法の適正が高い者が冷蔵庫にプリンを、その容器に名前までしっかり書いて取っておきます。
しかし、家族の誰かに勝手に食べられ、無くなります。
ですが、その事実を知らなければ、冷蔵庫を開ける直前に容器に名前が書いてあるプリンが発生し、食べることが出来ます。
やったね。
と言う現象がこの世界で起きています。
ちなみに、後にこの事に気付き、意識して再現しても"勘違い"では無い為、プリンは発生しません。
面白いことに"確信"では無いただの"勘違い"として有耶無耶になります。
これの再現性があるパターンが、証明のしようが無い"前世"についてであり、"改名"と呼ばれる様になったのです。




