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君に捧げるセレナーデ

作者: 美代ゆり

病院でピアノを弾くことになった主人公はある少女と出会う。

ピアノを通じて描かれる恋物語。


 あの夏は、僕にとって忘れられない恋だ。



 あれは大学二年の夏、長い休みに暇を持て余していた。

 初めてできた彼女にも別れを告げられ、

 デートプランも無意味となり自堕落な生活を送っていた。


 そんな僕を見て看護師である母は言った。


「病院でピアノを弾いてほしい」


 話によると母が務めている病院では、

 患者の方々に安らぎの時間を提供したいと

 演奏交流会をすることになったそうだ。


 そこで、楽器演奏者を探しているそう。


 母はピアノを習っていた僕にボランティアを薦めてきた。


 弾けるといっても、中学生の時以来だ、


 自信がなく、あまり乗り気ではない僕に


「来週ね、借りたピアノが来るの。練習してみたら?」


 母は笑顔でそう言った。



 日曜日の朝、僕は一人病院へ訪れ

 ホールにあるグランドピアノを拝見した。


 鍵盤を叩くと奇麗な音が響き渡る。


 久しぶりの感覚に、ピアノに夢中になっていたあの頃を思い出す。


 試しに一曲、、、初めての発表会で弾いたあの曲。



 演奏が終わると

 背後から一人の拍手が聞こえた。


「貴方すごく上手だね」


 入院服を着た女の子が微笑みながらそう言った。


 そして僕の隣に座り


「ねぇ、ーーー弾ける?」


「もちろん。僕が伴奏でいい?」


「うん!ありがとう」


 彼女はとても上手で、すべての音に感情が宿り

 僕は聞き惚れて何度も指が止まりそうだった。


 今まで誰かとピアノを弾いて、こんなにも息が合う人はいなかった。


 一曲弾き終えるころには、彼女に惹かれていて


 曲を弾きながらたくさんのことを教えてくれた。


 歳は同じ、高校では吹奏楽に入っていた、ピアノを習ったのは5歳から、

 親友は留学中、好きな色は青、旅行するならイギリス、一年前から入院中。



「今度はあなたのことを聞かせて」


 僕が口を開こうとしたその時


「ちょっと!だめでしょう?勝手に病室を出たら!!」


 看護師さんのお怒りの声で、話もピアノも止まった。


 どれくらい経っていたのだろう、時間を忘れ

 僕らはピアノを弾きつづけていた。


 彼女は看護師さんに回収され、去り際に


「また明日も来るね」と僕に囁いた。






 病院に行く目的が増えてしまった。


 それからは毎日病院に通い、彼女とピアノを弾き続けた。


 演奏会には沢山の病院関係者や患者の方が来て

 ピアノの音色を聞いてくれた。

 沢山の感謝と、温かな言葉をもらいとてもうれしかった。




 ある時彼女の病気について聞いた。


 彼女は軽い病気だと流し、何も聞かないでほしいと目で訴えてきた。


 僕は聞かなかった、いや、、、聞くことが出来なかった。


 知ってしまったら、この関係が壊れてしまうような、、気がした。






 病院に通い1ヶ月が経った。

 あと少しで交流会も終わるという頃に



 突然、彼女はピアノを弾きに来なくなった。


 結局、交流会最終日も彼女の姿はなかった。



 病状が悪化したのだろうか、心配でたまらず彼女の病室に行く。


 部屋には無機質なベッドしかなく、

 彼女が大切にしていた青いリボンのウサギのぬいぐるみも消えていた。




 看護師さんに聞くと、



 僕に会う前から

 彼女の余命は一年だった。



 最後は家族で過ごしたいと希望し、昨日退院したそうだ。






 家に帰るまでの時間が、長く、重く圧し掛かる。


 彼女と過ごした日々が頭の中で再生される。




 ふと見上げると家の前にいた。



 僕は、ドアを開けることなくさっき歩いた道を引き返した。



 茜色の空を横に、全力で駆け抜ける。


 病院に着いたころには陽が落ちていた。

 看護師さんに頼み込みホールに入れてもらった。


 最後に弾きたかった。

 彼女と過ごした場所で、彼女が好きだった夜曲を。








 最後の音を弾き終えると



 あの日のように拍手が鳴った。






 振り返れば


 両親に支えられ微笑む彼女


「すごく上手だね、貴方」


 出会った頃より顔色は悪く、

 拍手している手は震えている。


 それなのに、

 奇麗な笑顔で僕に言うんだ。


 涙が止まらなかった

 落ちてくる雫を拭って



「好きだ。」


 僕はそう声に出した。






 君は僕に向かって走った。


 崩れ落ちそうになるのを僕が受け止める、





「私も、貴方が好き」




 彼女の言葉に胸が張り裂けそうだった。


 そして彼女は翌日の早朝、星となった。













 あれから大学を卒業した僕は、今でもピアノを弾いている。


 少しずつだが演奏会や学校などに招待され活動をしている。



 必ず初めに弾く曲は決まっている。



 あの時、君に捧げた夜曲【セレナーデ】を。





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