第19話「妨害工作」
確認不足だった、とクラヴィスは親指を噛んで血がつうっと垂れた。腹立たしいのだ、自分の失態が。もっとはやく確かめておくべきだった、と。
「ドゥクスに会いに行くって、要はただの骸骨よね?」
なんでいまさらと言いたげなルヴィに、クラヴィスは小さく首を横に振った。
「確認してない」
「何をよ?」
「姿をだよ。私たちは見てないんだ」
あまりにも馬鹿だった。そう振り返る。フィーリアたちが確認したところで、彼女たちにも多少の香炉の影響は出てしまっていて、ドゥクスが本当に現れたという認識は他の全員と同じだ。
しかし、竜の血を多分に飲んで半ば人間をやめた者たちには最初から見えている。全てが正しく映っている。だからこそ気付くべきだった。町中にいる人々の想い人たちも、友人が抱き寄せた最愛の家族も、その全てが誰とも分からない骸骨に宿った幻覚でしかないのだ。であればドゥクスは────?
「香炉が見せる幻覚が、あちこち動く骸骨だらけって事は誰かが動かしてる証拠だ。お前の言う呪術師って奴だろう。その本体はずっと隠れてる」
「そうね。……あっ、そっか、そういう事!」
最初には王城にも簡単に入れた。だが二度目に訪れたときはどうだったか。門前払いだ。満たされた甘ったるい匂いはさらに強まっていた。最初からすぐそこにいたというのに、他と同じだと先入観だけで断じてしまった。
「おそらく最初からいたはずだ。会えなくなってしばらく経って忘れてたが、ああいう大事な話をドゥクスが国王に復帰したと言うのならフィーリアに任せるわけがない。私たちの前に現れなかったのは、それが無理だからだ」
ドゥクスの姿をしているのは骸骨ではないと確信があった。ミセリアを映す骸骨が、生前の彼女の行動を模倣していたからだ。ミセル・ミコーの祈りに応えるかのように、彼の知るミセリア・ミコーそのものだった。
だが国王はどうであったか。思い返せば在り得ない話だ。彼が生き返ったとして、誰もが知る国王ドゥクス・クレスクントであれば、決して取らない行動。常に前に率先して立てる男が隠れるはずがない。特にその相手がクラヴィスともなれば、心から信頼した者に顔も見せないなど。
「ンでもよ。その話がマジなら、なんで出てくるのが無理だったんだ?」
「魔族は魔族の存在によく気付く。そうだろ」
「ン……、まぁ、そうだな。となりゃ、なるほどなァ」
聞いただけのエレジアでもすぐに察した。その場にいたのがクラヴィスだけならば出て来た可能性もあった。だが、王城へやってきたときにはルヴィが傍にいた。彼女ほどの大魔族の気配を察せない魔族など、まず存在しないのだ。
「でもそれだとおかしくないかしら? フィーリアの傍には、あのイロニアって魔族もいたでしょ。なのに気付かないなんてあり得ないわよ」
「ああ、私もそう感じた。そのあたりは本人に聞かないとな」
イロニアも魔族であるなら香炉の影響は間違いなく逃れている。ずっとフィーリアの傍にいたのなら、見たはずなのだ。偽者のドゥクスの正体を。
「ン~。なんにしても戻らねえ事には分かんねえな」
「そうだな。あのジジイの事だからわざとなのかもしれんが」
想像するに、何かの会話があったのは間違いない。しかしイロニアの事だから、深くは関わらず判断は別の誰かに委ねたといったところか。クラヴィスの知る彼であれば、そうであると半ば確信に近い感覚があった。
「あれは時代の傍観者だ。契約した以上こちら側とはいえ、手を出す必要がないと感じればわざわざ動く気もないんだろう。もし相手が手に負えないようであれば、とっくに報告していたと思う」
関わるまでもないのはクラヴィスも納得できる。イロニアは安易に裏切るような男ではない。今回に限っては直接的な危害を加えるための企みとは考えにくかった。なので彼が関わる大きな理由がなかった。
「なんにしても、私としては気に入らないが」
人々が見ている幻覚は『覚めたくない夢』と言い換えていい。誰かを亡くした人々にとって、死は心に深い傷をつけた。決して癒えない傷だ。
だから簡単に受け入れてしまった。また会えたらという在りもしない希望を閉じ込めていた箱の蓋が、誰かによって開かれた。二度と会えないはずの家族や恋人に、また会えるのなら。言葉を交わせるのなら。
そんな淡い希望を見せられて、手を伸ばさない者はまずいない。手を伸ばさずにいるのは、あまりにも難しい。
「ふざけた事をしてくれた奴もいたものだ。さっさと戻って────」
いきなりガタンと大きく馬車が揺れ、馬の鳴き声が響く。同時にエレジアが焦って手綱を操ったが「やべえ、ドジった!」と叫ぶ。
ハッと気づいたときにはもう遅い。馬は倒れ、荷台は盛大に倒れて木にぶつかり、幌が破けて、あたりに荷物も散らばった。
「チッ……。ったく、久々に頭を強く打った。嫌な気分だ」
這い出て来たクラヴィスが、口の中を切って血の滲んだ唾をペッと吐く。
「アタシも、いきなりだったからびっくりしちゃったわ」
服が破けて台無しになるところだったと言い、二人共たかが馬車が倒れたくらいでは死なない頑丈な体なのでびくともしていない。
「おい、エレジア。無事か?」
「オレは平気だけども、馬が駄目だな」
ジッと見て、傍で見て肩を落とす。
「誰か知らねえが邪魔をするのに馬を狙ったみてえだ。これじゃ使い物にもならん、あんまりだぜ……。馬は何の非もねえってのによ」
「お前、たしか昔は喰っ────」
バッとクラヴィスの口を片手に塞いで、チッチッと指を振った。
「昔の話はナシだぜ、クラヴィス。ともかく帰りは徒歩になっちまった。最悪の足止めって言うべきか……。こりゃ王都まで時間が掛かるな」
最悪のタイミングだ、と肩を竦めるエレジアの肩をクラヴィスが優しくぽんと叩く。見上げれば彼女はとてもいい笑顔で、傍にいるルヴィを親指で指す。
「快適な空の旅をご提案させて頂きたいのだが、如何かな」
「────────ン?」




