第14話「潜入」
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王都に戻った後、寄り道もなくまっすぐ城へ馬車を走らせた。だが、待っていたのは門前払いだった。『今、女王陛下は誰も会いたくないと仰られている』と言われて通してもらえず、重要な報告があるから伝えてくれと言っても断られた。
甘い匂いはさらに強くなっていて、王城にいる人々は目が虚ろにも感じた。
「チッ、中に入れてもらえないって事は気付かれたか?」
「どうかしら……。見て来てあげよっか」
「また蝙蝠で中を荒らすつもりなら、ここらは難しいかもしれんが」
「んな事しないわよ。まあ見てなさい」
王城から少し離れて、馬車の荷台で黒く渦巻く風に自らを包んだかと思うと小さな蝙蝠の姿に変えた。ぱたぱたと自由に飛行しながらケラケラと楽しそうな笑い声が響き、幌にぶら下がった。
『良いかしら、ちょっと様子を見てくるだけだから待ってなさい』
そう言って彼女は馬車から飛び出して敷地の中に入って行く。誰もたかが一匹の蝙蝠を追いかけ回そうとはしない。まさかそれが、魔族の変身した姿などとは誰も思うはずもなく、彼女の潜入はあっさり成功した。
『(さて、王城内はどうなってるかしら?)』
飛行速度はすさまじく速い。誰かの視界に映るときだけ、極めて自然な蝙蝠のように羽ばたくに留めて、それとなく聞き耳を立てた。
「そっちにはいたか? はやく見つけないと大問題だ」
「いないんだ。せっかく国王陛下が舞い戻ったのに、王女殿下はいったいどこへ行ったのか……。調査団の制服が着れると喜んでいらっしゃったのに」
どうやら誰かに先手を打たれたというより、見当たらないのだ。外部の人間にこの事態が漏れてはならないと国王によって箝口令が敷かれ、急いで王女を見つけるようにと命を受けたが、城のどこにも見つからない状況だった。
「(ふぅん、いないんだ。先手を打ったのは、どっちかっていうとフィーリアの方みたいね。クラヴィスもそのあたりは安心できそうだわ)」
もうしばらく話を聞いてみよう、とあちこち飛んでいると、ひと際立派な羽織を纏い、勲章を胸に提げた男がいる。茶色い髪に霞色の瞳を持っていて、調査団員たちは彼を見つけると頭を下げた。
「クレンシア団長、お疲れ様です」
「君たちもご苦労。王女殿下はまだ見つからないのか?」
「はい……。どこを探してもいなくて」
「ふむ。あの方は、女王になってからも自由な人だからなあ……」
頭を掻きながらクレンシアという男は困った笑顔をみせる。
「突然、国王陛下が戻られたんだ。余計にあれこれとしたい事もあるんだろう。自由にしてあげられればな……。にしても、この甘ったるい匂いはなんなんだ。誰かの趣味かイタズラで、ずっとアロマでも焚いてるんだろうけど」
彼の自然な様子にルヴィがぴくりと反応する。
『(……人間なのに影響を受けてない? でも匂いを感じてるって事は、あれが犯人ではないみたいね。多分、ここじゃ誰もボロは出なさそう)』
どこを飛んでも似たような話ばかりで──ときどきもう探したくないと愚痴を溢す声があった程度──収穫もない。さっさと引きあげて、得た情報だけを伝える事に決めて王城を飛び去った。
馬車まで戻って来て元の姿に戻ってひと息つく。外で葉巻を吸っていたクラヴィスが顔を覗かせた。
「よう、収穫は如何だったかな?」
「大してないわ。でもあんたには都合の良い話は拾った」
「ほお、そりゃ楽しみだ」
投げ捨てた葉巻が瞬時に燃え尽きて散った。
「ジェミニ、出発だ。場所を変えよう。────『希望のロッソ』まで」
「あの赤い屋根のお店だね、任せて」
着くまでに十分は掛かる。よっこらせ、と片足を伸ばして座った。
「聞かせてくれ。私に都合の良い話っていうのは?」
「簡潔に言えば、王城にフィーリアはいない。逃げたみたい」
「は?……ぷっ、あっはっはっは! そうか、そうか!」
膝を叩いて大笑いする。フィーリアならばやりかねない。クラヴィスに頼れない状況ならば絶対にそうして然るべきだと判断したのだ。
「分かった、アイツなら大丈夫だろう。調査団員の中でも、前団長が実力で副団長に指名した折り紙付きの女だ。────おそらくすぐに会えるさ」
「……? そう、ならいいけれど。それからもうひとつ」
話は精神が安定した立派な身なりの男について移った。
「────って感じで、まったく変化のない奴がいたのよね」
「あぁ、クレンシア・フェリスだな。今の調査団の団長だよ」
就任祝いのパーティにはクラヴィスも出席した。南にある小国、ネーヴェの生まれで、竜討伐以降はクレスクントの土地に親しみを感じて調査団入りする。その後、前団長であったファルサ・ユースティティアの不祥事で空席になった団長の座に、カルディアの推薦で就任。
本人的には『本当は向いてないと思うんですが、仕方ありません。僕以外に手を挙げてくれそうな方もいませんから』と、内心ではあまり喜んでいなかった。
「私から見ても真面目だが融通の利く良い奴だよ。だが、どうして奴だけ暗示に掛かっていないんだろうな。お前のような魔族である事以外で、何か掛からない条件はないのか? たとえば煙を吸い込まないとか……」
しばらく腕を組んでルヴィは記憶を手繰り寄せる。
「うぅ~ん……! 大して実験自体はしなかったのよね。魔力も持ってないのに掛からなかった事例なんて、アタシの時代では確かめてないわ」
「だとしたら、あれか。思い描く人間がいないとか?」
会いたい人間がまったくいない、誰に対してもまったく想いを寄せていない場合であれば掛からないのではないか。そう思ってみると、ルヴィは新しい着眼点だとばかりに目を丸くして口を半端に開き、ひどく驚いてみせた。
「お前……。いや、皆まで言うまい。ともかくクレンシアが暗示に掛かっていないのなら、調査団そのものが敵に回る事はないだろう」
「そうかもね。どうする、引き返して声掛けてみる?」
クラヴィスはそっと首を横に振った。
「いや、まずは酒場に行く。そこで人を待たせているんでね」




