エピローグ①「いつか、また」
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「あれからもう三日ですね」
「敬語じゃなくて良いんだぞ、別に」
ケルタ・アヴァルス公爵の公開裁判から三日。諸々の引継ぎもまだ済んでいないが、ひとまず一日の仕事は終えた。
女王としてのお披露目式はまだまだ先だが、彼女が兄から引き継いだものはあまりに多く、休んでいる暇は中々得られない。昼食も簡単なもので済ませ、国王派や、土地の返還を認められた各国の王侯貴族たちが次々と挨拶にやってきては、積まれていく贈り物にひきつった笑顔を浮かべそうになるのを我慢させられた。
「大変でしたね、今日も。クラヴィスのおかげで、少し楽ですけど」
「そりゃ良かった。少しは役に立ててるなら光栄だ」
多忙の中、貴族たちがどう出るか。国政の何も知らない新女王に取り入ろうとするのは目に見えている。彼女がいかに兄に似ていようとも、そっくりそのまま全てが引き継がれるわけではない。滑らかな口で饒舌に騙そうとする者もいるだろう。クラヴィスはそれを許さず、自分が『魔女の部隊』である事を明かしたうえで大々的に『フィーリア女王陛下に対する全面的支持』を表明。
その真実を疑う者もいる。なのでしばらくは彼女に付き添い、目を光らせていた。だが、三日も経てば来客も落ち着き始めて、そろそろまた旅行か隠居でもしようと言う。他にしたい事もなかった。
「結局、各国への土地の返還は変えない方針なんだな」
「兄の意向ですから。お父様も納得して下さいましたしね」
「敬語はそろそろやめてくれるといいんだがね」
「難しいですよ、そんなの。尊敬するクラヴィスに」
「馬鹿か。尊敬するのなら私に従え。今は少なくともそれが正しい」
お互いに立場がある。女王という国のこれからを担う者が、英雄と言えどもたかがいち兵士に対して取る態度としては示しがつかない。クラヴィスは彼女のためを思えばこそ、対等の関係に慣れてもらいたかった。
「ふふん、じゃあ、今日ばかりは聞くよ。ボクの大事なお師匠様」
「よくできました。褒美に酒でも奢ってやろうか」
「遠慮しまーす。ボク、あんまり好きじゃないんだ、お酒って」
「ハハハ、ドゥクスもそうだったよ。アイツは飲んだらすぐ泣くからって」
二人はテラスで夜風を浴びながら、一人の男の話題に花を咲かせた。小さい時から泣き虫だったとか、頭は良いが優しすぎるのが玉に瑕だとか、褒めたり貶したり、親しいからこその話を多くした。
ひとしきり笑って満足したら、フィーリアは空っぽになったグラスを見て、ジュースばかり呑んでいてお子様みたいだな、と小さく笑う。
「正直言って、ボクはもっと落ち込むんだと思ってたよ。兄を救わない道を選んで、でも実際に死んだと分かったときは本当に苦しかった。でもなんだか想像よりずっと泣けなかったなあ。他にも考える事が多過ぎちゃって」
どうすればいい、よりも、どうにかしなくては。そう考える方が先だった。血は争えない。兄妹揃って何が出来るかを最初に導きだそうとする。悲しんでいる暇などどこにもなく、いざ王都に不在の兄の姿に寂しさは覚えたが、かといってわんわんと泣くほど辛いとも感じなかった。
「ありがとう、クラヴィス。初めてあなたに会ったときから、ずっとちゃんと言いたかったんだ。ボクを変えてくれた人に」
「私は何もしてないよ。全部、お前が自分で選んだ事だ」
静かに首を横に振って、葉巻を吸い終えたらひょいっと小さく浮かせて、指で弾く。飛んで行った吸い殻は瞬く間に燃え尽きて風に消えた。
「ゆっくり時間を掛けて大きくなって、自分なりに正しいと思える道を歩けるようになった。私が最初からいなくても、きっと今のように育ったさ」
小さな蛹が大きな蝶となって羽ばたいたのを見届けられて、クラヴィスも満足だ。ひとつ後悔があるとするのなら、救いたかった命を救えない自分の無力さにある。だが、それも今や過ぎた事。心残りではあるが、その分はフィーリアを支える形で繋いだので、少しはドゥクスやアウディオに報いる形である事を祈った。
「あの……。ところでクラヴィス」
「なんだ?」
「あのね、もし良かったらでいいんだけど────」
言いだそうとした唇をクラヴィスの指が止めた。
「私にその気はないよ、フィーリア。やめておけ」
「……そう、だよね。ごめん、あなたの事だから分かってたのに」
ずっと傍にいて欲しい。言いたくて、でも言えなかった。
最初から分かっていた事だ。クラヴィスは一つの場所に留まっているような人間ではない。童話の魔女と同じか、あるいはそれ以上に自由であってほしい。
それもまた、フィーリアの願いだった。
「乙女に暗い顔をさせるのは申し訳ない。これで我慢してくれ」
抱き寄せて額に口づけをする。驚いて顔を真っ赤にするフィーリアが、口をぱくぱくさせて彼女を見つめた。
「そのうちまた会いに来るさ、私の小娘。後もう少し身長が伸びて私と同じくらいになったらな。────達者でやれよ、女王陛下」
帰ろうとするクラヴィスの背中に「待って!」とフィーリアが大きな声で呼び止めた。それでも彼女は歩くのを辞めない。
「……本当にありがとう、クラヴィス! ボク、これからもっと立派になるから……そのときはまた褒めてくれるよね!?」
「誰よりも盛大に祝ってやるよ。ま、精々頑張りたまえ」
廊下に出るとベラトールが立って待っていた。懐中時計をじっと見つめて「もうよろしいのですか?」と尋ねる。後ろ髪を引かれないよう早めに出発するつもりで出て来たので、彼女はフッと微笑んで先を歩く。
「それなりに短い旅だった気はしますが、長くも感じましたね」
「お前もそう思うか? 実に愉快だったよ。これ以上ないくらい」
「同感です。それで、今後のご予定は如何なさいますか」
彼女はうーん、と軽く目を瞑って顎をさすりながら。
「あちこちで美味い酒でも探すかな。お前もどうだ、ベラトール?」
彼は無表情で、いつものように淡白な声で答えた。
「ぜひ、御供させて頂きます。アウディオの代わりにはならないでしょうが」
「お前と呑むのも結構好きだよ。まずは仕事終わりの乾杯といこう」




