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竜殺しの英雄は優しくない  作者: 智慧砂猫
第一部──『竜殺しの英雄と王女様』
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第6話「退屈しのぎに」

 真剣な言葉。眼差し。どんな苦境にも抗えるであろう精神力は兄によく似ていて、しかしそれを心底可笑しく思ったクラヴィスは膝を叩く。


「アッハッハッハ! 聞いたか、ベラトール!」


「ええ、聞こえております」


「どう思う、これを鍛えて意味があるか」


 目に浮かんだ涙を拭い、クックッと腹を抱える。そんなに馬鹿にされなければならないのか、と反抗的な目でひと言投げてやろうとしたフィーリアが、振り返ったベラトールに「まあ、少しはあるでしょうな」と言われて思い留まった。


 彼はまた手綱を握って前に向き直り、その背中にクラヴィスは頷く。


「うむ、それなら適当に手伝ってやるとしようか」


「本当ですかっ!? ありがとうございます!」


「礼は言葉と金以外で頼むよ。葉巻とか、あるいは酒だな」


 必要なものはそれだけ。感謝など聞き飽きたし、金は腐るほどある。竜討伐の褒賞金は遊んで暮らせる額だった。いまさら欲しいものはない。彼女の金の使い道など、そのほとんどが酒か煙草にしか消えないのだ。


「ベラトール。時間はあるんだ、どこか訓練に丁度いい場所は?」


「この先の森に今は使われていない猟師小屋があります」


「ではひと晩ほど借りるとするか。小娘の運動に付き合ってやろう」


「仰せの通りに。十数分もあれば着くでしょう」


 目的地まで彼の言った通り、馬車を走らせて十数分で到着した。森の中に拓けた道沿いにある小屋はおんぼろで今にも崩れそうな姿を晒し、周囲に草木を生い茂られている。鍵は掛かっておらず中に入れたが、かなり埃っぽかった。


 ひと晩を過ごすには無理がある、とクラヴィスが首を掻く。


「ベラトール、周辺の草むしりだけ頼めるか」


「承知いたしました」


 彼は文句のひとつも言わず服の袖をまくって草むしりを淡々と始める。


「ボクも手伝いま────」


「やめとけ。草むしりで無駄な体力を使うな」


「でも……これでは彼が雑用係のようです」


「いいんだよ、あれはこっちの方が楽しそうだ」


 夢は田舎町の小さな丘の上に在る一軒家で細々と家庭菜園を楽しみながら、陽が昇ってから落ちるまでの時間を過ごす事。ベラトールはクラヴィスの傍で多額の報酬を得たり、王族の護衛として雇われるのが当たり前だったが、そのうち荒れた世界からは引退して、ひっそり暮らしたかった。


 草むしりは嫌いじゃない。むしろいつかはこれが叶うのだろうかと思いながら勤しんでいた。表情の僅かな変化はクラヴィスにしか分からない。


「まずは部屋の掃除だ。ちょうど掃除道具は揃っているようだから、お前はここを使えるようにしろ。ベッドは必要ないが毛布は埃を落としたら荷台の隅にでも畳んで掛けて日に当てておけ。水はないから洗えないし、それが一番だ」


 言われたとおりの作業に取り掛かる。その間にクラヴィスは椅子に座って、全てが終わるのを待った。一度受けた仕事とはいえ、面倒だなといまさら思う。


「あの、クラヴィス。聞きたい事があるのですが」


「うん? 掃除の事なら手伝わないが」


「いいえ、そうではなくて……。竜討伐の話が聞きたいんです」


「ああ、掃除の間は退屈だものな。聞かせてやろうか」


 手を動かしながらも話は聞けるし、興味のある話なら彼女も退屈せずに時間を忘れて作業を進められるだろうと思い、椅子の背もたれに肘を掛けて足を組み、窓の外を眺めて振り返った。


「酷い戦いだった。それまでも竜は何度も現れては町を壊滅させてきたが、とうとう決着のときがきた。私を含めて集まったひ弱な人間なんぞに成す術なく、大暴れする怪物に傷らしい傷もつけられずに殲滅されていった」


 記憶がよみがえる。何人も死んだ。目の前で焼き払われ、ばらばらに切り裂かれ、形もなくなるほどぺしゃんこに踏み潰された。知った顔も知らぬ顔も混ざり、怒号と悲鳴が繰り返され、やっとの思いで剥がした鱗一枚が、五千人を犠牲にして得た成果だった。僅かな突破口だと必死に戦ったが、その後も犠牲者は増え続け、最後に残ったのがクラヴィス含む百余名。それも殆どが力尽きそうだった。


「私も体の頑丈さには自信があったが、竜を前にずたぼろだった。だがあるひとつの奇跡が起きた」


 鱗の剥がれた部分に受けた傷から飛び散った血をクラヴィスが浴びた。瞬間、自分でも想像の範囲を大きく超えた力が発揮された。手に持った剣も折れたが、その代わりに竜の首を落とすほどの強力な斬撃を放ったのだ。


「結局、戦場に残ったのは、たった五人になった。私は英雄と呼ばれるようになり、竜の首を落とした事で報酬として莫大な財産を得た。それからコイツもな」


 手にサーベルをもちあげて自慢する。ただのサーベルにあらず、フィーリアは最初に儀礼用の剣かと思ったが、そうではない。


「コイツは竜の鱗を加工して造ったものらしい。鱗が頑丈過ぎて、加工する方法を確立するのに一年を要した、世界にただひとつの代物だよ。これで斬れないモノなど、おそらくこの世に存在しないとさ」


 鞘もまた鱗を加工して造られた特別なものだ。他の素材で作られた鞘では刃に触れると僅かに力が入って擦れるだけでも簡単に裂けてしまうため、同じものでなくては持ち歩けないからだった。


「……でも竜ってかなり巨大ですよね。残りの鱗はどうなったんですか?」


「さあ。だが愉しそうに次は何を作るか話していたよ」


 眼帯を手で優しく擦り、くすっと笑う。


「次はどんなものが出て来るか、私も楽しみだ」


 奇妙な雰囲気にフィーリアが首を傾げる。だが、結局聞きだそうとはしなかった。いつまでも掃除の手を止めるなと忠告を受けたから、そのうち聞けばいいかと頭の片隅に仕舞い込んだ。

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