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竜殺しの英雄は優しくない  作者: 智慧砂猫
第一部──『竜殺しの英雄と王女様』
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第5話「使命」

 冷たいようで熱を帯びた言葉。死んだ十二人の仲間の遺体は見るも無残な姿を晒して道に目立つように捨てられていた。彼らの苦痛に歪んだ表情と割れてなくなった歯を見れば、必死に耐えたのが分かる。


 爪を剥がされ、肉を削がれ、骨を折られ、命よりも大切なものがあるのだと絶対に口を割らなかった。命懸けで仲間を救う。そうするしかなかったから。


 もし掴まって殺された者たちが王室調査団について口を割っていたなら、被害はもっと大きかっただろうとドゥクスが話していたのを思い出す。


「……ボク、甘えてるんでしょうか」


 膝を抱えて座るフィーリアがぽつりとこぼす。


「小さい頃から大きな仕事は全部、兄上が任されてきました。跡継ぎですから当然ですよね。だからボクも何か出来る事が欲しくて、調査団を編成すると聞いたときに試験まで受けたんです。……副団長に選ばれたときは嬉しかったなぁ」


 剣術に秀でた才能は持たなかったが、十分に稽古をつけられている兄を傍目に見ていたのもあって、それなりには振舞えた。知識も他に比べて王族という特権が彼女を味方してくれた。副団長として団長が補佐役に選んだのも王族であるからではなく総合的な成績の評価であり、他の仲間も納得できるだけの理由だった。


 仲間が犠牲になったときの熱意は誰よりも強く、絶対に仇を取ると息巻いていたのに、他の仲間を捨てて自分だけが逃げるような結果が憎くて仕方ない。


「悪いが私にはお前の気持ちなど興味はない」


「わかってます。でも、愚痴くらいこぼしてもいいでしょう?」


「ひとつだけ言っておくが、あぁ、別に慰めるつもりはないが聞けよ」


 荷台にあった麻袋の中をごそごそと漁ってりんごを見つける。手に持って腐ってないかを確かめながら。


「足手まといだったんじゃないかと不安がる必要はない。連中も王室で働く人間だ、万が一にもドゥクスが死んだときに国を支えられるのが誰かは分かってる」


「……父上や母上でもなくて、それがボクなんですか? どうして?」


 意外でも何でもないだろうとりんごを齧った。


「せき込んで足下のおぼつかないジジイと、その看病にメイドと一緒に忙しく駆けまわる優しいだけの王妃に何が出来る? 一方、お前はといえば調査団編成の際に実力で副団長としての地位を勝ち取った。どちらが良いか、ガキでも分かる」


 若く、知恵があり、剣の腕もそれなりに持っている。もしドゥクスの身に何かが起きれば妹であるフィーリアが国政を支えるべきだと思う人間は多い。それは王の傍に身を置く者だけでなく、民たちでさえ理解している事だ。


「……ドゥクスの良い所は覚悟の出来ている点だな。さっきも少し話したが、お前たちが並んで倒れる事は許されない。王族とはつまり、この国を安定化させるための基盤なのだからな。生き残るってのは聞けば簡単だろうが、そうでもない。国王不在の国を他に支える者が必要になったとき誰が得をするか考えてもみろ。お前がいなければ、爵位を与えられた誰かが声高にこう言うんだ。『今は非常事態なのだから仕方ない』と、不遜にも玉座に腰を下ろす馬鹿がね。お前はそれでいいのか?」


 意地でも渡してはならない相手がいる。貴族という地位を手に入れた者たちの中には、玉座でさえ掠め取れる機会に恵まれる者がいる。そんな人間が絶対的な権力を手に入れたとき、国は美しい庭園から悍ましい地獄へと姿を変えていく。


 民が声をあげる頃には、立ちあがる気力を奪われている。兵士が反発する頃には、武器を持つ事さえ許されない。内側から突き崩され、反撃できないまでに大打撃を受けて独裁者が生まれれば、国など到底まともに機能しなくなる。


「お前たちクレスクントの人間が統治者でいられたのは、民の生活に程よい潤いを持たせているからだ。だから、あんな下らん出迎えの馬車に金を掛けたくらいで文句を垂れる奴はどこにもいない。私が英雄なのもあるだろうがね」


 町の外へ出た馬車から、遠慮なくりんごの芯を投げ捨てた。


「ドゥクスの悪い所は信頼できる宰相を置かなかった事だ。結果、奴は味方と呼べる人間の判別も付かず警戒心に苛まれ牙を露わにして威嚇しながら、本来の臆病な自分を捨ててでもお前を守る術しか思いつかなかった」


 食べて満足したら、また新しい葉巻を用意する。吸い口を切り落とし、荷台の隅へ転がっていく不要な部分を見送りながら────。


「お前の兄貴は、はてさていつまで生きられるか。あの敵がどこにいるかも分からない真っ暗な王城の中で彷徨いながら泣き言も言わず死ぬなんて、哀れな奴。だがそれと同じくらい、お前も泣き言を言わず生き残らなくてはならんのだ」


 フィーリアが鋭い目つきをする。だが、そこに怒りはない。クラヴィスの言葉は尤もだ。暗殺の可能性を考慮してドゥクスが自分を生かそうとしたのならば、それに応えるべきは自らの使命。調査団として死ぬのではなく、王族として生きて紡がなければならない。今は前進だ。そう決意した瞳だった。


「でしたらどうか。ひとつお願いを聞いてくれませんか、クラヴィス」


「言ってみたまえ、追加料金の請求は仕事が終わってから寄越す事にしよう」


 覚悟を決めたフィーリアの願いはただひとつ。


 目の前にいる英雄は想像よりもずっと怖ろしく嫌味な性格だ。されども現実を彼女は知っている。冷たい言葉の掛け方だったとしても信じられる。


「────ボクを鍛えて下さいませんか。あなたのような英雄には届かなくとも、たった一歩でも近づけるように」

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