第43話「耐えるべき時」
見捨てるべきを見捨て、救うべきを救う。国に仕えると決めたときから変わらないアウディオの考え方はクラヴィスに最も近い。
もし本当に英雄たらんとするならば、それは自分ではなく、目の前で己の死さえも恐れず計画のひとつだと筋書きに加える男に違いない。おそらくは誰に評価される事がない人生だったとしても。
「問題ない。後は頼んだぜ、クラヴィス」
「任されてやるよ。ついでに美味い酒も用意してやる」
「たっぷり頭からぶっかけてくれよ、楽しみにさせてもらう」
背中を向けて去って行く彼女の背中を見つめながら、ようやく仕事が全て終わったんだと肩の力が抜けた。
「おい、クラヴィス! あんたが俺の嫁だったらよかったのによ。あんたほど気の合うヤツなんて、やっぱりどこ探してもいやしなかったぜ、結局な!」
最後に交わす言葉にクラヴィスは何も答えず手を挙げてひらひらと振った。「あんたらしいや」と彼はくっくっと笑いながら静かに眠った。
我ながらベタで情けない最後の言葉だ、と嘲りながら。
「嫌なヤツだ。じゃあな、アウディオ」
別れを告げて階段の前で待つカルディアの肩を叩く。
「ご苦労。ベラトールの私物だけ持って帰るから後は任せると公爵に伝えておいてくれ。今回は見逃してやるとな」
「……今回は、ですか。分かりました、そう伝えておきます」
少し顎に手を添えて考えてから、意図を汲んだように返したカルディアに、クラヴィスは僅かばかりの驚きと納得を覚える。アウディオが彼を公爵側の人間に偽装させて密偵を任せていたのが分かる、と。
地下を出て、他の誰の目を気にする事もなくカルディアと別れて王城内を歩き、ベラトールの部屋へ行くふりをして人目を避けながらファルサの執務室に向かう。手の中に隠していた小さな鍵を見つめた。
「(……馬鹿なヤツ。美味い酒を奢ってくれるというから楽しみにしていたのに。この落とし前はつけさせてもらわないとな)」
誰もいないか周囲を確かめてから執務室に入り、内側から鍵を閉める。執務室というわりには質素で書類なども少なく、棚や机のあちこち全てに鍵が掛かっていて、無理にこじ開けなくては確認のしようもない。
もらった鍵はどこにも合わず、頭を悩まされた。
「ふうむ……。アウディオにきちんと聞くべきだったな。どこの鍵だ、これは? 連中とのやり取りが残った書面とかそういうのが欲しいんだが」
あまり無理に物色して形跡を残せば、他の物的証拠などを処分されかねない。アウディオがわざわざ場所を言わなかった事にも意味があるだろう、と椅子に座って足を組み、じっと考える。こんなときに煙草があればな、とふいに思った。
「……気になるな、アレ」
本棚に置かれたオルゴールの箱。手前にはぜんまいが置いてあり、誰が見ても違和感のないただの飾りだが、奇妙な雰囲気を感じて、手に取った。
蓋が開かない。背面にある穴にぜんまいを入れれば開くだろうかと挿し込もうとするが、半端に嵌って空回りするだけだ。ふいに持っていた鍵を入れてみると、確かに挿し込めた感触がある。
軽く回せば、カチリ、と音がして蓋が開いた。
「ほお~。こんな玩具をどこで手に入れたんだか」
中には小さく折りたたまれた羊皮紙が数枚。公爵家の印があるファルサ宛の手紙だ。内容はいかにも真っ黒と言わざるを得ない計画について、全てアウディオが調べた通り。彼は真相に近付いたがために気取られてしまった。
「証拠には十分とは言えないが使い道はあるか。やはりファルサ程度ではアウディオほど慎重でもなければ、ケルタほど狡猾でもない。所詮は飼い犬だな」
捏造だと言われれば意味がない。しかし、これをひとつの着火剤に使う事は可能だろうと考えて鍵を中に放り込んでから蓋を閉め、ぜんまいと一緒に持っていく。オルゴールの見た目なら誰が疑う事もない。
ケルタ率いる反王家の人間たちは謁見の間で行われた国王暗殺の証拠隠滅に勤しんでいるのだろう。口裏を合わせるまでしていておかしくない。その場で処断するには彼らを罠に掛ける必要がある。
仕方なくクラヴィスは王城を後にして、ひとまず公爵一派を野放しで帰る。外で待っていた二人の団員たちには「アウディオと会って話してきた」と、多くは語らず、彼が自らの死を受け入れて助けを拒んだ事を伝えた。
慕っていた上官が三日後には絞首刑と聞いて、誰が悔やまずいられようか。しかし彼が決意したのならば、あえて必要以上の事は問うまいと、何か隠されているのに気付きながらもクラヴィスを問い質す事はしなかった。
「お前たちも耐えろ。聖職者でもなければ信心深くもないが、私も共に祈ってやろう。あの男が行く先が幸福に満ちているように」
「ありがとうございます、英雄閣下」
二人と一旦別れ、近場に停めていたロサを連れて、しばらく王都で過ごすために宿を探す。手持ちは殆どベラトールに持たせたのであまりなく、馬を馴染みの商館に預けておいて、ひとまず安宿で休息を取る。
うんざりするほど忙しい日々だが、それ以上にアヴァルス公爵一派に対しての怒りが募る。国賊と責められるだけで済むならそうしたのに、と。
「……チッ、気に入らん奴らだ」
ベッドに横たわり、窓の外を眺める。
空は曇り模様。少し湿気の香りがした。




