第3話「受けてやる」
あまりにも厄介な仕事。きっとそうに違いない。竜を殺すより苦労すると忠告を受けていた事を想い返して、来るんじゃなかったと手で顔を覆う。
気分良く葉巻を吸っていたのが、もう随分前のように恋しくなった。
「やあ。これは随分と遠い所から来てくれたね、クラヴィス」
玉座に腰掛ける国王の姿は不出来な飾りだと目に映った。
「あぁ、ドゥクス。若き王様が、この老犬を呼び出して何かと思えば、まさかお姫様に子守唄でも唄ってくれと言いだすんじゃないだろう?」
思わず笑いだしそうになるドゥクスが口を手で隠す。
「いや、そんな頼みじゃないとも」
「だとしたら何だね。誰かの首を刎ねるわけでもあるまい」
「ふふっ、それは怖いな。ただ運び屋をしてほしい」
しばらく黙ってから、クラヴィスは大きな声で────。
「はあ?」
頓狂な声が出た。ちらと横のあまり賢くなさそうな娘を一瞥してから。
「これをいったいどこに運べと? 海の底か?」
「いつも物騒だな……。こほん、そうではないんだよ」
いったいどんな生き方をしたら人を殺す事しか考えないのか、とドゥクスは彼女を恐ろしく思いつつも、真剣な眼差しを向けて話を始めた。
「まあ、君の言葉もあながち間違いではない。近頃物騒な事件が町中で増えているのは知っているだろう。貨物列車が運搬の主流になった事で、行商人たちが無法者の傭兵や盗賊たちに襲われるリスクが減った事で、奴らの犯罪傾向は町の外ではなく内側に移っていった。王室調査団が編成されて初期段階では取り締まりも上手くいっていたんだが、厄介な事に最近になって組織化し始めたんだ」
頭を抱えたくなる事案だった。当初の王室調査団の運用は計画通りに進んだが、犯罪者たちはそのうち協力を始め、大きな組織となって町中での犯罪行為の隠蔽などを徹底して行た挙句、調査団の人員に対する報復を行った。
百五十人いた調査団で、既に十二人が犠牲になったと伝えると、それは流石に深刻な事態であるとクラヴィスも理解して真剣に耳を傾ける。
「それならば私に連中を始末してこいと命令する方が早そうだが?」
訳アリなのは承知の上で言うとドゥクスは困ったふうに頷く。
「僕も十分に検討したが、今回はそうもいかない」
都市の治安を守るために英雄の力を借りるのは安易で、金に興味のないクラヴィスならば報酬も高くは望まないと分かっている。分かっているが出来なかった。
「君に頼れば処理は楽だ。しかし設立したばかりの調査団が成果を挙げられず、君の力を振るうだけでは民の信頼も得られないどころか、自警団が立ちあがる可能性もある。そうなったとき、町の治安はどうなる?」
良くなるはずがないのは確かだ。武力に対抗する武力は結局多くの犠牲を生む。まったく関わりのない命さえ落としかねない。
「何より聞いてくれ、クラヴィス。いくら犯罪を減らそうとゼロになるわけじゃない。連中を叩き潰しても必ず次が湧く。僕たちは今後のためにも、今回で多少の犠牲を払おうとも教訓を得なくてはならないのだ」
既に調査団も仲間を殺されているので覚悟は決まっている。たとえ自分が死のうと仲間が半数に減ろうとも、自分たちの最初の一歩が大勢を生かすための礎を築くのだと信じて、今も調査に乗り出している状況だ。
英雄の力を借りてしまうのを団員は誰も望んでいなかった。
「うむ……。まあ話は理解した。下らない事であれば即座に蹴って帰ってやるところだったが、どうやら聞く価値はありそうだ、続きを言え。このガキをどこへ連れて行けばいいのか、連れて行く理由はなんなのか、どうやって連れ出すのか」
既に名前を聞いたときからフィーリアが何者かは分かっていた。
「お前の妹の命が気掛かりなのは分かる。だが身の安全だけが理由ってわけじゃなさそうだな?」
ドゥクスが深く頷く。副団長の立場で、彼女の身の安全だけを図るなど言語道断の行いであり、自らに忠義を誓う者たちに対しての不義になる、と。
「父上も病床に伏した今、統治者として動けるのは僕だけだ。しかし、万が一にも暗殺がないとも限らない。そのとき、いざというときの切り札として彼女には生き延びてもらいたい。いや、そうしてもらわねば困るんだ」
黙って聞いていたフィーリアが不安そうな顔をして一歩前に出た。
「待ってください、兄上。暗殺の可能性なんて本当に……!」
「あるよ、フィーリア。犯罪組織の膨れ上がり方は異常だし、元々手段も選ばないような無法者たちが繋がっている以上、何でも備えは必要だろう」
彼は最も懸念すべき事を忘れていた、とクラヴィスに話を戻す。
「無法者たちが手を伸ばすのは都市に限った事ではない。各地で奴らの蛮行を耳にするが、尻尾を掴めないでいる。……どうやら貴族たちの中で彼らに手を貸す者がいるようだ。いつも先回りして証拠隠滅を図られていてね」
ベラトールがふと手を挙げ、いつもの無表情で尋ねる。
「つまり誰が協力者で誰が敵対者か、判別がつきかねると?」
「その通りだ。だからフィーリアを君たちに預けたかった」
クラヴィスが当然だと腕を組んで頷き、フッと鼻で笑う。
「まあ、この世で最も野蛮ではあるが、最も信頼は得ているつもりだ。受けてやってもいい。お前の考えを見透かすのなら、私が連れて行くと言えばフィーリアに拒否権はないのだから誰もが納得する。そうだろう?」
実力で調査団の副団長として団長が選んだのだ。フィーリアは今の仕事を誇りに思っていたし、仲間が殺された事に彼女も悔しさを抱えている。にも関わらず前線から外さざるを得ない事に彼は心苦しく思いながらも頷くほかなかった。
「団長から直々の進言があってね。ここからいくつもの町を経由した先にある小さな農村に、彼女を預かってくれる人がいるそうだ」
「良いだろう、そこへ連れて行けば仕事は済むんだな?」
確認の瞳がぎらつく。クラヴィスならば無事に送り届けられるはずなのに、後悔を迫るような強い瞳にドゥクスはどきりとする。
「……ああ、間違いなく。君たちに頼むのはそこまでだ」
「わかった。必要以上の仕事は問うまい」
踵を返して、小さく手をあげてひらひら振った。
「依頼はこのクラヴィス・ディ・アウルムが受けてやる。契約書には勝手に名前でも書いておけ、質の良い葉巻を用意して存分に期待しているといい」