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竜殺しの英雄は優しくない  作者: 智慧砂猫
第一部──『竜殺しの英雄と王女様』

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第27話「どんな命であろうとも」

 ベラトールには自慢の嗅覚がある。獣の如くどこまでも追跡できる彼の能力は、男たちのニオイがどれほど遠かろうと嗅ぎ分けられた。


 馬車から死体を乱雑に捨てて、必要のない荷物も次々と降ろしていく。奴隷として連れて行かれたのであれば少なくとも生きているはずで、歩かせるより少しは楽が出来るだろうと使う事にした。


(大型の馬車で助かった。御者台も含めれば、詰めれば全部で十人以上は乗れるだろう。クラヴィス様が帰って来るまでに事が済んでいるように急がねば)


 村にラピスを一人残す。くまなく嗅ぎ分けて誰も傭兵団が残っていないのを確かめたら出発だ。いつものように馬車を駆る。既に場所も特定を済ませたアジトに向かって一直線に進んで、それだと思しき小さな森を見つけた。


(村から三十分ほど。おそらく定期的に足を運ぶために、近場を選んだのだろう。森の中であれば、手慣れた集団なら返り討ちに遭う可能性が高い)


 調査団の兵力があるとしても、傭兵や盗賊はあらゆる戦場に適応できる。森のように木々が入り組んでいては臨機応変さを求められる状況で、まともに対する相手としては厄介極まりない。彼らは実に狡賢いのだ。


 いくつも拠点を置く彼らが森を自分たちに有利な場所だと見定めて留まる事はよくある。仮に夜襲を仕掛けたとしても、戦力差の中で五分の状況を作れる。草木の中にも罠を張り、安全なルートを知らない者を徹底的に排除できた。


 しかしベラトールには分かる。彼らが最も使う道がどこなのか。どう通れば安全か。的確に馬を操って森の中へ深く入っていく。


 やがて辿り着いたのは洞窟だ。狭い入口を前に少年が木箱に座って見張り番をしており、仲間が帰って来るのを待ち詫びているかのように足をゆすっていて、馬車がやってくるのを見るなりサッとたちあがった。


「おいおい、迎えに来るのが遅いじゃんか!」


 たたっ、と小走りに馬車へ駆け寄って、とても不愉快そうに言った。


「宴をやるってんで、用が済んだら迎えに来るって言ってたのに、待っても待っても来ないからくたびれそうだったぜ。なあ、俺も今日は正式に仲間に迎えてくれるんだろ? いい加減、毎日の奴隷の見張りなんか飽きちまったよ」


 さんざ文句を言ったあとで、少年は御者台に座る男がまったく見覚えのない事に気付いてハッとして数歩下がった。腰に提げていた革のケースからナイフを取り出して構える。洞窟の周辺は開けていて月明かりが差し込み、ベラトールを怖ろしい大男のように少年の目に映す。


「見張り番のわりには随分と幼いが、傭兵団の者かな?」


「そ、それがどうしたってんだ……!」


「怖がる事はない。私はただ確認をしただけだ。そしてもうひとつだけ」


 御者台から降りて少年の前に立ち、ぴんと指を立てた。


「ここにいるのが君の意思なのかどうかを知りたい。この奥には近くの村から連れて来られた人々ばかりなのは分かっているだろう。仲間になるというのは、傭兵たちと悪事を共に働くわけだが……納得の上でそうしているのか」


 少年はぎろっと睨む。当然だとばかりに鋭い眼光を見せた。


「だったらなんだよ。生きていくためにはなんだってするさ、他人の事なんて知ったもんか! ほら、怖いだろ、刺されたくなきゃとっとと失せろ!」


「……そうか。君は昔の私によく似ている」


 生きるためにはなんだってすると決めたときから、他人の命などどうでも良かった。今でもそう思っている。


 だからこそベラトールは怯える彼に近寄って、構えられたナイフを突き出されると最小限の動きで躱して少年の背後に回り込み、首に腕をまわす。


 強くは締めない。いくら暴れられても彼はビクともしなかった。


「私もそうだ。君と同じように、誰とも問わず殺してきた。子供も老人も関係ない。殺せと命ぜられれば誰であろうと殺した。大貴族の娘であろうと、たとえば世の中に貢献してきた聖人のような者でも構わずに。────意味は分かるだろう」


 じたばたする少年の体を持ちあげていく。苦しみもがいて声のひとつあげられない。手に握っていたナイフも落とすほど錯乱状態で、必死に腕を引き剥がそうとするが、ベラトールとはそもそもから体格差がある上に驚異的な身体能力を持っている。どう足掻いたとして、全てに意味などない。


「私は誰も助けはしない。誰かを脅かす者のために手を差し伸べないし、祈りもしない。神とは程遠く、聖職者とも近しくない。この手は君たち以上に汚れて切っている」


 やがて虚ろな目をして動かなくなり、ぶらんと手足が垂れ下がる。ベラトールが手を放すと、無言で地面に落ちた。


「結局は運だ。生き残る命も、潰える命も。在りし日の美しかったであろう日々も、地獄のように燃えた日々も、もう君を惑わすものは何もない。ゆっくりと眠るといい。誰も傷付けず、誰も傷つけられぬ場所で」


 少年の亡骸を抱き上げ、木の陰にそっと寝かせて目を閉じさせた。


 殺すしかない。彼が望んで傭兵団に入り、己の好き勝手に他者の命を奪うというのなら。逃がせば必ず報復が行われるか、あるいは違う場所で違う誰かが犠牲になるだけだ。放っておくわけにはいかなかった。


 更生など無意味だ。根本はそう変わるものではない。たった数年でも、人間は変わってしまったら元には戻らない。戻れない。ベラトールは自身がそうであったように少年も変わらないだろうと、小さく祈りを捧げて立ちあがった。


「……さて、仕事を済ませなくては」

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