第24話「奉仕活動」
残された男たちが即座に死体を連れて家を出ようとする。恐怖の叫びをあげながら顔を青ざめさせ、傍にいたテグラさえ人質に取りもせず、ここにいては自分たちの命が危ないと雨の中へ逃げていった。
「ちっ、野良犬がキャンキャンと……」
サーベルを無造作に投げて転がし、床にうずくまっていたテグラの尻をこつんと靴先で小突いてから手を差し伸べる。
「もう大丈夫だ、立てるか?」
「す、すまねえ。あんな連中が来るなんて思わなくて……!」
部屋の中が血だらけだ。クラヴィスは周囲を見渡して頭を掻く。
「すまん、酷く汚してしまった」
「良いんだ、命があるだけで十分だよ。すまねえ、本当に……英雄様だなんて知らずに、俺こそ無礼な態度を取ってしまって」
英雄。その言葉が耳障りに感じたが、仕方ないとため息をついた。
「ただの人殺しだ、大した連中を狩ったわけじゃない。お前は私を怖ろしいと思うだろうが、まあ今日くらいは大目に見てくれ」
「そんな! 礼を言っても足りないくらいです、どうか……」
テグラは本気で彼女を畏敬の対象として見た。確かに恐ろしい。一人の人間が、自分よりも体格の大きな相手を瞬く間に制圧して二人も殺したのだから。
しかし事実としてテグラは救われた。もしクラヴィスたちが訪ねていなかったら、今頃は家の中を満たす血のニオイは自分ものであったと確信している。繋がった命は何よりも尊いものだと彼は言った。
「ふうむ。なら敬語は使わずに、会ったときと同じようにしてくれればいい。私もフィーリアも、そういう事なら仲良くさせてほしいものだ」
ちらと視線を送られて、黙って眺めていたフィーリアも親指を立てた。
「いいと思います。ボクもせっかく仲良くなれたので」
テグラとしては悩ましい問題だったが、二人がそう言うのであれば何の礼にもなっていないどころか自分には良い事しかないが、と困りつつ受け入れた。
「あっ、あの、じゃあお願いがあるんだ。俺は金なんか持ってないから仕事なんて断られるかもしれねえけど……」
「まずは交渉だろう。最初から断られるつもりで話すのはやめるんだな」
吸っていた葉巻をフィーリアに渡す。当然のように受け取った葉巻を灰皿の箱に押し込んで、また話を聞く態勢に入った。
「アルボスの治安がわりぃってのは三か月前くらいから聞いてたんだ。だから何があっても寄ったりすんなよって、俺たちが代わりに来るからって。なのに、さっき来た連中はアルボスから来たっつうじゃねえか。最近は肉取りに来ても夜中だったりで慎重だったのは知ってたけど、俺じゃなんもできなくてよ……」
猟銃など弾を込めるあいだに何人を相手にしなくてはならないのか。竜討伐以後に流入の始まった兵器は、まだまだ時代に席巻するほどの性能はなく、たったひとつではどうにもならない。
仕方なく自分のねぐらに籠っている事しかできないまま時が過ぎ、いつの間にか恩さえある人々の危機に口を閉ざしてきたつけがまわってきた。だが、それを全て払うだけの機会が今は目の前にある。
「あんな連中がここまで来たって事はアルボスも厳しい状況のはずなんだ。俺、金はねえけど、床下に掘った穴倉があって、そこに肉を保存してるから、それを持って行ってくれ。オルニットまで行きゃあ商会が高値で買い取ってくれる」
猟師はまだ少ない。猟銃が入って来て弓や罠以外でも獲れる手段が増えたので、これまでよりも肉の流通は増えるだろうが、流通としては牛や豚が多く、鹿などは肉だけでなく皮まできっちり高値で買い取ってもらえた。
金になるなら問題ないだろうと思い提案するも、クラヴィスはあまり好ましい表情ではない。彼女はなにしろ金に興味がなかったからだ。
「そんなもので気が引けるほど私も安くないんで、申し訳ないがお前の依頼は受けてやれない。メシの礼はきっちり返したし、私たちも此処を発つ」
気付けば雨は徐々に小降りになり始めていて、窓の外へ目をやった。
「だが、私たちもアルボスへ行く予定があるものでね。────依頼は受けないが、奉仕活動は任せておけ。ちょいと遊んできてやろう」
「……! あ、ありがとう……! 恩に着るよ!」
なんだかんだと言いつつちゃんと受けるんじゃないか、とフィーリアは彼女の背中に気付かれないようフッと微笑みを投げかけた。
「あ、そういえばクラヴィス。さっきからベラトールさんがいないみたいですけど、どこに行ったんですか?」
ごろつきたちがやってきたときには間違いなく席に着いていたが、気付けば音もなく姿を消していた。まさか隠れるはずもない男の行方について尋ねれば、クラヴィスはとても可笑しそうにクスッと笑った。
「テグラ、ここからアルボスまでは何時間くらいかかる?」
「え、っと、多分六時間くらいだと思う」
「なら私たちはちょっとゆっくりしてから行こうか」
フィーリアに軽く手招きする。足下に転がったサーベルを拾いあげて────。
「雨も止んだ事だから軽い運動でもしよう。後の事はベラトールに任せていても問題ないさ。私たちが着く頃には全部終わっているだろうよ」




