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竜殺しの英雄は優しくない  作者: 智慧砂猫
第一部──『竜殺しの英雄と王女様』
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第2話「王室調査団」

 クラヴィスの地位は爵位に収まるものではない。また彼女を侵害する者は何人であれ生きていた例はない。彼女のみが生殺与奪の自由を持っている。


 誰もが恐ろしいと絶望した竜を、傍にベラトールを連れてほぼ単独で仕留めたのだ。黒い刀身のサーベルは頑丈な鱗も容易く切り裂き、ひと振りで首を落としてみせた。彼女自身の身のこなしも常人を逸脱しており、目撃した者の話では『どちらが怪物か分からない』と思うほどだった。


 そうして皇帝に対しても臆さず、気に入らなければいつでも首を刎ねてやってもいいと思いながら、これまで手を出してこなかった。些か腹を立てた事も数えきれないが、統治者は必要だ。混沌で自由とは無縁な世界には面白味を感じない。


 だから生かしている。彼女にとってはそれだけの話でしかなかった。


 王城に到着して、馬車が門を潜って窓から見える美しい庭に、クラヴィスは心底退屈そうに二本目の葉巻の煙をふうっと吐いて呆れた。


「ここだけは時代が止まっている……。多くのモノを遠くまで運んだ者たちの仕事は列車によって奪われ、あらゆる価値が大きく変わったというのに」


 ベラトールが小さく頷いて庭を眺めた。


「自分たちの首がいつまでも繋がっているのだと思っているのでしょう。あまねく隣人が穏やかに笑い続けてくれると誰が確信をもって言えましょう」


「同感だ。相手が人間だからこそ、いくらか不信感は抱いていなければな」


 嘲笑を放って、差し出された灰皿に葉巻を置く。


「ま、いずれにせよ我々には大した関係もない。さっさと話を聞いて、私を苛立たせるようであれば帰って酒でも飲むとしよう。お前も来るだろう?」


「願わくばぜひとも御供を」


 馬車を降りて、入り口で待つ執事やメイドたちが深く頭を下げて挨拶をする。出迎えは必要ないと言ったのに、と内心でうんざりした。


「ようこそお越しくださいました、クラヴィス・ディ・アウルム様」


「……誰だ? 見ない顔だな?」


 入るなり迎えたのは、すらりとした騎士風の衣服に身を包んだ女性だ。しかし軍も騎士団も解散されたはずなのに、とクラヴィスが不思議がる。


「王室調査団の副団長を務めます、フィーリア・クレスクントです。お初目にお目にかかります、クラヴィス・ディ・アウルム様」


 首まで短く纏まったショートカットの黒髪。桑の実色の珍しい瞳。幼さの残る凛々しい顔立ちに小柄な体。見目だけならばクラヴィスの好みだが、彼女の反応はあまり良くなく、眉を寄せてチッと舌を鳴らす。


「くどい。いちいちフルネームで呼ぶな、鬱陶しい」


「も、申し訳ありません……! 粗相でもあってはならないと言われて……」


「私は誰より上でも下でもない。耳障りだ、呼び捨てにしろ」


「えっ。し、しかしそれは流石に────んぎゅっ」


 頬をがっちり掴んで、ぐいっと引き寄せて顔を近づける。クラヴィスは冷たい眼差しで「二度も言わせるなよ、小娘」と今にも殺しそうな低めの声で言った。


 フィーリアは途端に焦った様子で「ふ、ふぁい」と答えにくそうに返事をする。それから振り払われるように手を離されて、頬をさすった。


「で、なぜ王室調査団とやらの副団長様が此処にいるのかな」


「案内を仰せつかっております。大役なのでお前がやりなさいと」


「ふむ。随分と良い身分を持つらしいが……王室調査団とは?」


「はい、ご案内しながら説明させて頂きます!」


 元気いっぱいだな、とベラトールに振り返って『面白い娘だ』と言いたげな視線を送る。彼は「左様ですか」と、相変わらずの無表情で小さく返す。


 クラヴィスが他人を容姿以外も含めて気に入る事は滅多とない。彼女が好んで連れ歩くベラトールくらいなものだったので、彼は珍しい事もあるものだ、とほんの少しだけ意外だった。


「王室調査団は軍や騎士団の解体と同時に設立された新たな組織です。このマーテル大陸におきましては時代の変遷と共に傭兵や盗賊団が減少し、一方で町中で行われる無法が大きく増えたのです。そういった者たちに対しての新たな勢力として、これまで武力に特化した軍や騎士団とは異なり調査に長けた集団を編成したわけです。当然、ある程度の武力も鎮圧のため持ち合わせている必要はありますが」


 自分はその調査団の副団長だと鼻高く言うので、クラヴィスは心底どうでもよさそうに、目を背けて青空を眺めながら後を付いていく。


「さぁ、着きましたよ! 国王陛下がお待ちです!」


 大きな二枚扉の前で、他の調査団の制服に身を包んだ男二人が英雄の到着に緊張の面持ちで扉を開く。その様子にフィーリアが思ったよりも度胸のある奴だと胸中に褒めながら一歩を踏み出す。


「おい、なんでお前も一緒についてくる?」


 普通に傍にいるフィーリアの姿に苦々しい顔つきになった。


「えっ。実はボクも呼ばれてまして。理由は知らないんですが」


「……この馬鹿と一緒に話を聞くのか」


 なんとなく察せるのが嫌な気分だった。


 残念ながら避けようもない現実。帰っても良かったが、いまさら引き返すのもどうなのかとベラトールに視線を送ると、彼は首を横に振った。


『少しは我慢も覚えましょう』


 そんな言葉が聞こえてきそうで、話を聞く前に大きなため息が出た。

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