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竜殺しの英雄は優しくない  作者: 智慧砂猫
第一部──『竜殺しの英雄と王女様』

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第17話「気まぐれ」

 半ば強制的に背中をぐいぐい押されて着替える事になったクラヴィスは、とてもげんなりした様子で仕方なく用意された服を受け取った。


 カーテンを閉めてから、自分の服を脱いで床に散らし、受け取った服を着て鏡を見つめて『中々どうして悪くない』と思ってしまった事が悔しかった。


「どうですか、クラヴィス!」


「ん。着替えは済んだが……」


 カーテンを開けた瞬間、フィーリアが「おおっ」と目を輝かせる。想像していたよりもさらに彼女は似合っていたので、これはもっと他に服を着せたいと思ったが、あっさり拒否されてしまった。


「お客様、それでいかがなさいましょうか」


 店主の男が手をすり合わせて寄ってくるのが気に入らなかったが、彼女は「このまま着ていく。いくらだ?」と尋ねる。聞けばたった銀貨二枚という。ウィンドウに丁寧に飾っていたので、おそらく店で一番高い値なのだろうと理解して金一枚を出す。


「おっ、お客様……! 流石に金はちょっと……」


「私の服は別で紙袋に。それからこっちの娘に合いそうな服も十着ほど頼む。それで金一枚だ。私はこの店の値段など知らないが、さぞや高いんだろう?」


 わざとらしくそう尋ねると、気付いた店主は慌てて「すぐにご用意いたします」と、店のあちこちを駆けまわった。


 店主の男が笑顔で気合の入った様子で「あれは駄目だ、こっちは……違うな」と真剣にフィーリアに似合う服を探す姿は、さきほどまでの媚びた雰囲気とはまったく異なっていた。一時間ほどしてようやく決まったら、丁寧にたたんで紙袋の中に詰めていく。その間、出入り口の近くでのんびり待った。


「なんかいっぱい選んでくれましたね。最初はそんなふうでもなかったように思いましたけど……。どれもこれも素敵な服ばかりでした」


「そりゃそうさ。やればできるが、やる機会に恵まれなかったんだろ」


 男の丁寧な手つきを見ながらクラヴィスは言った。


「都市に近いこの町で生きていくには現実は厳しすぎる。庶民に親しみのある服を貴族は着ないし、見向きもしない。抱えていた理想を手放した瞬間から人間は衰退していく。媚びてでも生きるしかなくなる。だが切っ掛けさえ与えれば、また輝けるのも人間だ。これからはもう少しマシになるはずさ」


 貴族が懇意にするよりもクラヴィスが客として買い物をしていったと宣伝したなら、たとえ庶民向けだとしても貴族たちが『それも悪くない』と手のひらを返すのは間違いない。英雄が好んだと言えば誰でも欲しがるものだ。


「ま、あの男の腕次第だが……」


「優しいんですね、クラヴィスは」


「どうだか。私も結局は人間だよ、フィーリア」


 頭に優しくぽんと手を置いて軽くひと撫でしてから。


「誰かを気まぐれに救い、誰かを気まぐれに貶める。本当の事を話せば、嘘も言う。英雄などと持て囃されたところで生物としての基本は変わらんさ。お前も肝に銘じておけ。ただひとつの側面を見て、全てを知った気にならない事だ」


 店主の男がいくつも紙袋を手に運び、ニコニコと嬉しそうにやってくる。「こちらになります。またお越しくださいませ」と挨拶して深く頭を下げた。


 もしかしたら来てくれないかもしれない。だが、十分すぎる幸運を与えてくれた事に男は感謝した。クラヴィスの気まぐれだったとしても。


「さてと、どうするか。他に欲しいものはないか?」


「うーん。ボクは特にないですけど」


「では帰るか。そろそろ陽も落ち始めるし……」


 クラヴィスがあくびをする。ぐっすり馬車で眠ったフィーリアと違い、彼女はベラトールと共にまったく眠りにつかず町へ着くのを待っていた。慣れているとはいえそれなりに眠気はやってくる。たとえ人魚の肉を食べて不老不死になろうが、竜の血を飲んで人ならざる力を得ようが、人間的な欲求には逆らえなかった。


「じゃあそうしましょう。今日はありがとうございました、いっぱい服まで買ってもらってしまって。このお礼は必ずしますから!」


「それなら葉巻を持ってきてくれ、上質な奴だ。……っと、その前に」


 手に提げていた紙袋を全てフィーリアに渡す。


「先にこれ持って帰れ。私は知り合いのところへ寄って行く」


「ボクも一緒じゃ駄目ですか?」


「人に会いたがらない繊細な奴なんだよ、分かってくれ」


 双子の宿もすぐそこに見えているし、追手も蹴散らした後だ。異変があればベラトールが気付くので彼に任せておけばいい。そうしてフィーリアを帰した後、少し離れた場所にある銀細工の工房を訪ねる。


 見てくれはおんぼろでいかにも儲かっていなさそうに見えるが、特注品専門で腕は良い。店の主人が改装するのが面倒で金を掛けていないだけだ。


「ミセル、いるんだろ」


 鉄のにおいが漂う工房の中で名前を呼ばれて「はいはい、いるよ」と気怠そうな声がする。骨と皮ばかりの大きな体がのそりのそりとやってきた。


「やあ、クラヴィスじゃないか。久しぶり」


 長い白髪がやせこけた顔の半分を隠す。男の煤色の瞳が明るくなった。


「久しぶりだな、ミセル・ミコー。今日は仕事を頼みたいんだ」


「いいよ、やろう。どんな依頼だい?」


 銀貨を五枚、ミセルの筋張った大きな手に渡す。


「髪留めを。前髪を止める程度の奴だ。それからアレ(・・)を飾りに」


「あぁ、アレ(・・)ね。君が誰かを気に入るなんて珍しい」


「気まぐれでな。頼むのは双子のとき以来か」


「何年ぶりだろう、分かんないや。あの軍服はどうしたの?」


「なに、ちょっとした趣向だよ。せっかくの旅行なんでね」


 ミセルがくすっと笑う。クラヴィスが誰かと旅行など聞いた事がない。あの常に傍にいたベラトールでさえ彼女の行く先を知らないのだから。


「わかった。期限はいつまで?」


「二泊したら発つ予定だ」


「ん、仕上げたら持っていくよ」


「悪いな、助かるよ。ではまた今度」


「うん。楽しみにしておいて」


 店を出て行こうとするクラヴィスの背中に小さく手を振った。扉がぎいと軋んで静かに閉まり、ミセルは両手で頬をばしっと叩く。


「さ、仕事仕事。クラヴィスをがっかりさせないようにしないと」

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