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竜殺しの英雄は優しくない  作者: 智慧砂猫
第一部──『竜殺しの英雄と王女様』

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第13話「今だけは」

「こちらにいらっしゃいましたか」


「おう、ベラトール。思ったより早かったな」


「預けるだけですから。ところで服を買いに?」


「あの小娘が欲しいと言わんのでね」


 意外だった。ベラトールは長い付き合いだが、彼女が他人に何かを買い与えるところを見た事がない。それほど気に入っているのかと驚かされた。


「あまり愛着が湧きますと、手放すのが惜しくなりますよ」


「そこまでじゃないさ。しかし何も思い出ひとつ作らずに帰すのは可哀想だ。……私の若い頃を、つい考えてしまってね」


 港町で生まれ育ったクラヴィスの人生は、さほど良いと言えるものではなかった。特に若い頃はそうだ。裕福さとは無縁な平凡ぶりで、友人はそれなりにいたが親友と呼べる者はいない。ドレスを見て着てみたいと思ったのは十六歳までの事で、それを過ぎると彼女の趣味は伝承や伝説といった摩訶不思議な物語に出て来る世界の生き物に移っていった。


 人魚と出会ったのも、これは運命だと思った。だが現実は彼女に厳しく接した。二十五歳を過ぎてから歳を取らなくなった。十年経って『おかしい』と誰かが言い出して、ついには周囲から避けられるようになった。


『あっちへ行け! お前といると不幸になる!』


 何故そのような噂が広まったのかは分からない。ただ、人魚の肉を喰ったと言った事が過去にあり、もしやそれではないかと誰かが言いふらしたのだ。


 そのうち話には尾ひれがついたのだろう、と彼女は結論付けた。


 しばらくして彼女はひとりぼっちになった。仕事も与えられず、誰の愛情も受けられなくなり、仕方なく港町を離れた。自分を知らない、もっと遠い土地で生きて行こうと決意した。


 彼女は美しかったので庶民でありながら貴族との縁談もあったが、その矢先の出来事だったために破談となり、彼女は他人をあまり信用しなくなった。所詮は同類でなければ愛せない者たちばかりなのだと。


 それでも。


「愛されるべき人間を愛すが私の主義だ。あれも王族としての立場があると、限りない贅を尽くしたとしても、本当に欲しいものや着てみたい服など自由に出来るはずもない。周りの目を気にしない今だから楽しめる事があるだろう?」


 彼女の言葉にベラトールはかみしめるように強く頷く。


「大切な事です。あの方は私たちとは違う世界を生きていますから」


「ああ。……自由に見えて程遠い娘だよ」


 いくら調査団に実力で入っても。彼女には必ず『王族の娘』という肩書きがつき纏う。結婚する相手も。着たい服も。読みたい本も。奏でてみたい楽器も。なにひとつとして彼女の自由にはならないのだ。


 今だけは。クラヴィスたちといる今だけは、彼女は籠の外を飛び回って世界の広さを知る小鳥だ。その目で見えるのは部分的なものでしかなくとも『もっと良い場所がある』と教えてやる事は出来る。


 クラヴィスはなんとなく、自分に妹が出来たらこんなふうに愛でたのだろうか、とほんの少しだけ考えた。


「お連れ様の着替えが済みましたよ。いかがでしょう、クラヴィス様?」


 ドミナがフィーリアを連れて戻って来た。着替えを済ませた彼女の姿にはクラヴィスだけでなくベラトールも感心するほど似合っていた。


「ど、どうかな……。ちょっと大人し過ぎない?」


「お前によく似合ってるよ。今日はそれを着るといい」


 布袋の中から金貨を二枚取り出す。


「ドミナ、これで足りるか?」


「多すぎますわ、流石に受け取れません」


「うむ……。次に寄ったときに見繕ってくれれば良い」


「それでしたら、まあ……わかりました」


 紙袋に来ていた調査団の制服を入れてもらい、三人は店を後にした。ドミナが深く頭を下げるのを背に、クラヴィスは『ようやく吸える』と胸ポケットからカッターと葉巻を取り出す。


「あっ、またそんなの持ってきて。駄目じゃないですか」


「服を買ってやったんだ、一服くらい許せ」


 火を点けて咥えると察していたのかベラトールが懐から小さい鉄の箱を手に持ち、ふたを開けて「吸い殻と灰はこちらへ」と促す。どうせ彼女の事だから絶対に町中で吸いたくなるはずだと持ち歩いていた。


「もう。ベラトールさんもちゃんと言わないと」


「言っても聞きませんから」


 呆れる話だが、実際にそうなのだから仕方ないとベラトールは残念な事だと首を横に振った。いつか聞き入れてくれるとは思えなかった。


「そういう問題じゃあ……。にしても、どうしてさっきは吸わなかったんです? お店で待ってる間に吸って待ってる事も出来たでしょう?」


「服にニオイが付くだろう。ドミナに迷惑が掛かるからだ」


 ふうーっ、とわざわざ隣に立っていたフィーリアに煙を吐く。


「ごほっ、ごほっ……! 何するんですか、もう!」


 しかめっ面でせき込む彼女の頭をぽんぽんと叩いて、吸い終わった葉巻をベラトールに渡して灰皿に捻じ込んでもらう。


 彼女は先を歩きながらひらひらと手を振って、小さく笑った。


「はぐれたとき困るだろう。そうすればどこにいても見つけられる」


「あ、なるほど……。そういう事ですね」


 嗅覚の優れたベラトールなら、離れていても微かな嗅ぎ慣れた葉巻の香りをどこまでも追いかけられる。フィーリアと目を合わせた彼は、いつもの表情でコクンと小さく頷いて答え、クラヴィスの後ろを歩く。


「……ふふっ、なんか楽しいな。こんな時間がずっと続けばいいのに」

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