第12話「欲しいものを」
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町へ着いたのは、すっかり陽の昇った朝だ。
都市に最も近くありながらさほど大きく発展はしていない小さな町オルニットは、かつて竜によって大きな被害を受けたものの、王都から近いのもあって他の村や町よりもずっと復興が早かった。
「やっと着いたか」
町の入り口で簡単な検問を受けた後、門を抜けたらすぐに馬車を停めてクラヴィスはフィーリアを連れて降りた。
「それでは私は馬車を預けてきます」
「頼んだ。また後で会おう」
馬車が走っていくのを見送って、ぐぐっと伸びをする。
「我々も行こう、フィーリア。少しは散策するのも悪くない」
指に紐で引っ掛けた小さい布袋をくるくる回す。中には硬貨がいくらか詰まっていて、暇潰しの買い物にでも出掛けようと言う。
「いいんですか、ベラトールさん置いていっても」
「アイツは獣のように鼻が利く。私たちを見つけるなど造作もない」
「へえ、そうなんですね……。それってやっぱり……」
「竜の生き血を飲んでからだそうだ。私にはそんな能力はないが」
何故だろうとはクラヴィスも気になった事がある。自身は炎も操れるが、ベラトールには不可能だ。その代わりに彼は非常に優れた嗅覚を持つため、彼曰く『私はあなたほど血を呑んでいませんので』と言われて、なんとなく多少の違いは出てくるのかもしれないと納得はできた。
「ま、大して興味もない。それよりも買い物をしよう。この町は小さいが都市に近い分、衣装室や宝石商も多い。貴族共の遊び場みたいなものだな」
「へえ~。ボクって王都から出た事ないんですよね、ちょっと楽しみ」
大陸にあるものの殆どは王都に揃っている。特に衣服や宝石などは貴族たちが足を運ぶ都合上、どこよりも気品の高い店が並ぶ。ゆえにフィーリアが王都を出る理由がなく、彼女も早いうちから調査団入りするために勉強から訓練に浸る毎日だったので、他の町はとても新鮮だった。
「欲しいものがあれば言え。どうせ金は腐るほど余ってるし、私が都合よく足を運ぶために先に大金を払ってる店もいくつかある」
いちいち来る度にかさばって邪魔になるものを持ち運ぶのが嫌で、いくつかの店の主と話し合った結果、全員が快く受けてくれた。彼女が竜殺しの英雄ともなれば無碍に扱うわけもなく、そのうえ彼女ならという信用があったからだ。
「クラヴィスはよくこちらには来るんですか?」
「いや、二年くらいは来てないな。最近は別荘で自堕落な生活をしていた」
「ええ~、もったいない! 着てみたい服とかないんですか?」
「軍服で満足してる。動きやすいし、色合いも気に入ってるんだ」
「そんなあ。せっかくスタイルも良いし顔もすごく綺麗なのに」
「高級品にはあまり興味がなくてね。もっとラフで安いものが良い」
どうせ汚れるものを着るのなら、あまり気にならない方がクラヴィスは楽だ。高い服を買ってもすぐ駄目にしてしまうので、庶民的なものが好みにぴったり当てはまる。たとえ英雄と持て囃されても着飾るのは貴族たちだけで十分だと言って、いくらフィーリアが誘ってみても靡かなかった。
「お前はどうなんだ、欲しい服とかは……おや?」
歩いている途中、ふと横を見るとフィーリアがいない。来た道を振り返れば、店のショーウィンドウの向こう側に飾られた可愛らしいフリルシャツが気に入ったのか、じーっと物欲しそうに眺めていた。
「ふうん、中々に可愛らしいものが好みなんだな」
「わっ。ごめんなさい、こういうの、あまり着ないので……」
「では買おう」
何の迷いもなくフィーリアの腕を掴んで店の扉を開く。ちりんちりん、と優しくベルが鳴って、店主の女性が出てきてぱあっと顔を明るくした。
「まあ、これはクラヴィス様。お久しぶりですね」
「レディ・ドミナ。ショーウィンドウに飾っていた服が欲しいんだが」
横に立たせたフィーリアの頭にぽんと手を置く。
「コイツが欲しがってね。着せてやりたいんだ」
恥ずかしそうに頭の上にある手をぎゅっと掴んで、フィーリアが慌てた。
「ちょっ、いいんですか、高いですよ!?」
「いいんだよ。王都に戻ってからじゃ着る機会もないだろう」
ドミナがまったくその通りだと頷き、自信ありげに「絶対にお似合いになりますよ。すぐにご用意いたします」と忙しくする。
実際、調査団では制服を着るばかりで私服など持っていても仕方ないほど忙しい。着たいと思う頃にはないかもしれない。
時が経てば今より良いものがあるというのは希望的観測でしかないのだから、期待して日々を過ごすよりも得られるのなら得た方が損をしない。クラヴィスなりの気遣いだが、彼女はそんな事をいちいち口には出さなかった。
「着替える部屋はあるか?」
「ええ、奥に御座います。お連れ致しますね」
あわあわするだけのフィーリアは結局流されるままに着替えるために奥の部屋に連れていかれ、その間にクラヴィスは部屋の隅にあったソファに腰掛けて寛ぐ。こっそり持ち歩いていた葉巻を吸えない事がいささかもどかしかった。




