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竜殺しの英雄は優しくない  作者: 智慧砂猫
第一部──『竜殺しの英雄と王女様』

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第10話「立場という武器」

 腹立たしいながらも、ベラトールが珍しく冗談を言うので、それはそれで楽しくもあった。とはいえ葉巻にありつけなかった事はやはり気分を害してしまい、口寂しさを紛らわすために、積まれた荷物の中から干し肉を見つける。


 腹は減ってないが仕方ない、としかめっ面をしながらかじった。


「それにしても、本当に大丈夫なんでしょうか。ボクが死んだなんて噂が流れたら、お兄様もびっくりしてしまうんじゃ……」


「わざわざ私を呼びつけてまで頼んだ仕事だ、あの男なら気付くさ」


 かみ千切って、残った干し肉をフィーリアに投げた。


「お前のように誰かと斬り合う腕はなくとも頭の回転は速い。そのうち遣いが来るだろうから、次の町で三日ほど滞在してみよう」


「来なければ次の目的地まで行くわけですね」


 気合を入れようともらった干し肉を食べる姿に、クラヴィスが頷く。


「良い食べっぷりだ。……ああ、そういえばベラトールに聞きたい事が」


「はい、なんでしょうか」


「アルボスという村は知ってるか?」


「農村ですね。経由地のひとつが、そのような名前だったかと」


「ふむ。ありがとう、本当にあるんだな」


「……? ええ。何か知る必要のある事があったのですか」


 あえて言わず、彼女は頷いて返すだけに留めた。


「いやなに。良い村だと聞いたんだが、私は地理に疎くてね」


「でしたら地図をさしあげましょうか」


「もうそろそろやめておけよ。私の機嫌も長く()たんぞ」


「それは失敬を」


 長年の付き合いだといっても線引きはある。ベラトールも弁えているので彼女がやめろと言えば、ひとつの合図だと理解して馬を走らせるのに集中した。


「クラヴィス。あの、また話の続きをしたいのですが」


「うん? ああ、例の。謝らなくていいぞ、何も思っていない」


 突っかかって来たとは思っていない。実際にそうだったのだとしても、然して気に留めるほど興味がなかった。


「私はただ仕事を請けただけで、お前の上司でもなければ部下でもない。媚び諂ってくる馬鹿だったら躾けもしたが、むしろ咬みつきそうで安心した。そうでなければ私の連れ歩く者としての基準は満たせない」


 ベラトールのように感情なく見えても対等に話をして冗談を言えるほど肝の据わった人間が好みだ。フィーリアは小犬もさながらに尻尾を振って愛想を振りまくが、咬みつくときは咬みつくだけの胆力がある。


 多くの人間はクラヴィスを竜殺しの英雄として讃え、謀略を巡らせてか細い糸のような関係でも繋がろうと考えるものだが、フィーリアはそうではない。調査団である事に誇りを持ち、王族ではなく個の人間として認められようと足掻ける精神は十分に気に入られるに足る理由だった。


「今になって自分の立場を痛感します……。誰かに守られなければ、ボクはまだ何も出来ないんだって。もし一人だったなら、あの小屋で命を落としていたんだと」


「どうかな。確かに雇われていた連中は腕利きだったと思うが」


 また暗い顔になったフィーリアを見つめて、淡々と言った。


「お前の立場がそれを許さなかった。少し勘違いしているようだから教えてやるが、守られる事は決して弱さの象徴ではない」


「……では、なんだと思うのですか。クラヴィスにとっては」


 立て掛けて倒れないように手で掴んでいたサーベルをフィーリアの前に投げて転がす。美しい竜の鱗で作られた鞘が、僅かに差し込む月明かりにきらりと一瞬だけ輝いて、彼女を映す。


「そう簡単に手に入らないもの。お前が言う立場は、時に強く、時に脆く、愛されてさえいれば、この世で最も強い武器にさえ変わる」


 自分の胸に手を当てながら、クラヴィスはにやりとした。


「────不足かね、私という武器では」


 どきっとして、フィーリアはぶんぶんと顔を横に振った。


「そんな事ありません!……クラヴィスはすごい人です、あなたのような方がボクのために剣を振るってくれる事は、なによりの誇りです」


「そうか、であれば光栄だ。私を見る目が英雄かを疑っていたから不安だった」


 冗談のつもりだったが、気まずそうな顔を見て、滑ってしまったかと反省する。相手がベラトールであれば無表情ながらに小馬鹿にして返すような言動を向けただろうが、フィーリアはあまりに純粋だ。そう思っていたのを見抜かれて彼女が心から申し訳なさそうにする顔がみたいわけではなかった。


「ふむ……。ではお姫様、口直しに話題を変えよう。何か私に聞きたい事があれば答えてやるとしよう。せめてものお詫びだ」


 いきなり言われても、とフィーリアが困って首をさする。聞かなくとも、彼女が話す事であれば何でも受け入れるつもりだったので、自分から知りたい事を知ろうと踏み出すのは少し緊張した。


「じゃ、じゃあひとつだけ……いいですか?」


「構わないよ。どんな質問でも答えてあげよう」


「わかりました。では、その────好きな人っていますか?」


 きょとんとして、思わぬ質問に手を額に当てて首を横に振った。


「……乙女か、お前は」

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