旧友?
「一応そのメモの通りに動けば、君たちの希望に添った役職へと就けるはずだよ。僕はここでこいつを見張ってるから、就職できたらここに戻って来てね。後、何かあったらいつでも連絡を寄越してね。こいつを縛り上げて、すぐに向かうから」
そんな手厚い保護を受けて、俺たちの就職活動は始まった。あまりにも過保護すぎる。
ビッシリと事細かに書かれたメモを見て、はじめてのおつかいの方がまだ難易度高いぞ、と脳内でツッコミを入れた。
「それじゃ私こっちっすから。先輩も頑張ってください」
宿の前でパウンドとも別れた。ここから完全に自由行動だな。
「よしっ」
手渡されたメモを丁寧に畳んで、ポケットへとしまう。ハロンには悪いが、俺には既にあてがあった。
というか、俺がサモナーを選んだ理由もそこに起因してたりする。
「ここの通りを真っ直ぐ通って、突き当たりを右。そのまま進んで、三つめの角を左にそれから」
すいすいすいと、細い道を進んでいく。
新規プレイヤーや中堅プレイヤーで溢れたこの街に置いて、未だ寂れている場所。
陽の光の届かない、真っ暗で薄汚い裏路地。
人があまり寄りつかず、身を隠すにはうってつけの場所だ。
「こんなところ、ハロンが知ってるはずもないしな」
そういうロールをしていないと、敬遠しがちなその通路は愛も変わらず治安が悪い。
偶にすれ違うプレイヤーはどいつもこいつも、脛に傷のあるようなヤツばっかりだった。
そして、これから俺が会いにいくヤツもそのうちの一人だった。
◇
「……あんた、誰の紹介でここに来たんだ?」
記憶力の良さを売りにしているその男プレイヤーは、新顔である俺に訝しげな視線を向けてくる。
その怜悧な目つきに、頬のタトゥーは前と何ら変わりない。その長い長髪も健在だった。
そのことが妙に嬉しくなって、友好的な視線を向けるも、向こうは全然そんなことなくて。
その表情には、『テメーみたいなガキが来るような場所じゃねぇ』という副音声が透けて見えた。
「久しぶりだな。俺だよ、フクロウだ」
「誰だ」
そこに来て初めて、前は顔だけでなく名前も隠していたことを思い出す。ついでに言えば、声も変えて身長も誤魔化していた。
うん。そりゃ、わかるわけないわな。
というよりこいつ、改めてメチャクチャな記憶力だな。名前を聞いて尚、一切過去を思い返すような素振りを見せないってことは、それだけ記憶を鮮明に保っているということで。
「チップだ。受け取りな」
「………っ!? て、てめー。あいつか!?」
だからこそ、その行動をすれば食いついてくると確信した。
「いや、確かヤられて引退したはず……そもそも男じゃ……」
未だ俺とそいつが同一人物か決めあぐねているんだろう。ぶつぶつと何かを言いながら、チラチラとこっちを見てきた。
「……お前が最初にここで買った商品は?」
「痺れ薬」
「俺らが初めてやった仕事は?」
「『山茶花』の襲撃。あんときは、メチャクチャ儲けたよな」
自分の記憶と合致していることに、輪をかけて驚いている、
「誰かに話した? いや、そんな口が軽い男じゃない。だとしたら、一緒に仕事なんてしていない……つまり」
そこで再度、こっちを見てくる。腹づもりは決まったらしい。
「……俄かには信じがたいが、どうやらお前があの『死神』みたいだな。消えたと思ったが、性転換でもしてたのか?」
「前が変装だったんだよ。馬鹿が」
「……つまり俺は、高校生ほどの年齢のガキの女と一緒に、仕事をしてたってことか。泣きたくなるな、それ」
一人でゴチャゴチャ言っている『頭取』をよそに、俺はここに来た要件を手短に伝える。
「召喚石あるだろ? 俺にくれ」
「なるほど……確かにこんか口調だった、口調はな」
苦々しく呟くと、頭取はフラフラと店の奥へと消える。そして、戻ってくると小ぶりの召喚石を3つカウンターの上に置いた。
「どれも最高品質だ。本当はそれ、質なんだが……」
「どうせ買い戻させる気なんてねーんだろ。貰ってくな」
「……………」
「あ? んだよ。なんかあんのか?」
そう問いただすと、珍しく照れたように頭取は言った。
「いや、こういうやりとりも懐かしくて……嬉しくなった」
「俺もだよ、友よ」
カウンター越しに抱きつきにいこうとするも、慌てた様子で止められてしまう。なんでだよ。
「その姿で、それをやるな」
俺に対し、怒ったような口調。なんだか知らないが、俺の行動が気に食わなかったらしい。相変わらず、気難しいヤツだ。
「で、聞きたいことがあるんだが。あいつらの所在知ってるか?」
「あのバーサーカーは、フィナンツェの砂漠で出没したのを見たって奴が何人かいた。それと、あの性悪。なんでも商業都市の中枢に潜り込んでいるらしい。後は知らん」
『メロディ』と『鈴蘭』か。二人とも、まだこのゲームを続けていることに、少し安心する。
ペナルティのせいかなんなのか、俺のフレンド欄は全て消滅したからな。こちらから連絡を寄越す手段がないのが、もどかしい。
「じゃ、また来るわ」
「ほどほどにしろよ。ほどほどにな」
散々聞いた注意を受ける。以前からそれが、ヤツの口癖だった。
◇
サモナーはよく、なんちゃらマスターに例えられる。それは魔石に魔獣を封印して呼び出すその仕組みが、なんちゃらかんちゃらに非常に酷似しているからだ。
さしずめ召喚石はなんちゃらボール。だとすれば今持っている最高品質のこれは、黄色のあれ、ということになるだろう。
サモナーになる条件は簡単だ。なんちゃらをゲットする要領で、魔獣を魔石に登録すれば良いんだから。
『召喚士への条件を達成しました。召喚士になりますか?』
迷わず、『はい』を選択する。ここでいいえを選ぶと、魔獣を呼び出せなくなり、召喚石がただの石ころに変わるので注意が必要だ。
『召喚士になりました。スキルを獲得します』
《魔獣召喚》 NEW!
・登録した魔獣を呼び出せる。
《召喚の心得》 NEW!
・呼び出した魔獣のランダムなステータス 10%上昇。
《主従の絆》 NEW!
・召喚した回数によって、絆値が上がる。
《幸運体質》 NEW!
・Luck値 20%上昇。
四つ目のスキルは汎用系だが、これはあれだな。魔獣捕獲時に、Luck値とやらの補正が入るからだろう。
基本的にプレイヤーのステータスはマスクデータで確認できないので、20%上昇と言われてもピンと来ないが。
それ以外の3つは召喚士用のスキルだな。
試しに、魔獣召喚をしてみる。
「サモン!」
ボフン! という音とともに、さっき登録した魔獣が召喚石から現れたと思うと、フワッと身体から少し力が抜ける感覚がした。
勿論、SPやMPなんてわかりやすい目安、このゲームにはない。
スキルを使うたび、抜けていく力の正体は魔力だと、プレイヤー間で言われている。
つまりスキルで魔法を撃とうとしたら、魔力で結界みたいなものを作り上げた後に、再び魔力を使ってスキルを発動させなければいけない。
普通に矛盾している気がするが、それ以外説明しようがないので仕方がない。
このゲームはどこまで行っても、魔力ゲーってことだ。