変態?
「職業、職業ねー。ゆりかごは決めた?」
「うーん。安定した職種には就きたいなー」
「先輩はー?」
「取り敢えず、大学は出ときたいよな」
「やっぱ、進学が安定っすよねー」
「え? 何? 私がツッコミ役なの?」
宿屋の部屋で進路について話し合っていると、ハロンがズレたことを言ってくる。
当たり前だろ、お前らの中で唯一のまとも枠なんだから。
「迷うなら、大まかに決めていったら? 戦闘職か、生産職かー。戦闘職なら、前衛か後衛かー。みたいにさ」
「相性適正診断……」
「ますます、リアル就職っぽくなってきたな」
「ああいうの、まにうける奴なんているんすかね?」
「なんでやねん!」
確実に間違っているであろうツッコミに、二人から称賛の拍手が送られる。お前らの判定ガバガバだな。
「なら、私たちでパーティーを組んだとき想定で考えてみる?」
「4人……なら、前衛2枚。後衛2枚……みたいな?」
「ナチュラルに俺を含めるのな」
「それがわかりやすいね。なら、私が前衛を務めるとして」
「私! 私がやる!」
身を乗り出して手を上げるパウンド。邪魔だ、座ってろ。
「うん。パウンドは勘がいい、というより敏感だから、私も前衛職はピッタリだと思うよ」
「そこは勘が良いのままでよくない!? その言い方だと、私が変態みたいに聞こえない!?」
聞こえない。聞こえない。
「私はその……錬金術師とか憧れるかも」
「良いと思うよ。人気の職業だしね、アルケミスト」
「うん。黙れド三流が……っ!! て、やってみたい」
うん、そのアルケミストは前衛だな。後、そんなに口悪かったか?
まー、事実アルケミストが人気の理由の半分はそれだから、真っ当な理由であるのは間違いないが。
「で、フクロウ先輩は?」
「サモナー」
「おう、これまた人気どころを。理由とかは?」
「ソロプレイに向いてるから」
「………おう」
俺は最初から、お前らとパーティー組む気はさらさら無いからな。
組むなら同性と組め。俺を混ぜるな。
それにサモナーはテイマーと違って、NPCを使い魔にすることもできる。となれば、俺の持ってるスキルと相性が良いんだ。
「先輩は置いといて。アルケミストなら私、腕のいいヤツを一人知っているんだ。アドバイスとか、貰って来ようか?」
「あ、ありがと。でも、アドバイスを貰うなら私が」
「あ、ああ。でもそいつ、男だよ……?」
「え……う、うーん……」
途端に反応が鈍くなるゆりかご。これは、どういう?
「ゆりかご、若干の男性恐怖症なんっすよ」
すかさず、パウンドが耳打ちで教えてくれる。
ちょっと待て。聞き捨てならねーぞ、今のは。
いや、男性恐怖症ってのは何となくわかる。どことなくそういう雰囲気を醸し出しているし……だとして、なんで俺はOKなんだ?
完全に俺はアウトじゃねーか。
そのことを問いただそうとするも、パウンドに止められる。俺が何を言い出すのかわかっているのか、口の前でバッテンマークを作りやがった。
「いや、だ、大丈夫。うん。私、その人に会う」
「本当に? 結構、ヤバめの奴だよ?」
「……多分。ゲームだし、それに……私も、成長したい」
意思を込めた瞳でゆりかごがそう言うと、参りましたとばかりに手をヒラヒラと振って、ハロンが折れた。
「それじゃ、えっと。予定の合う日を」
「ああ、いや。そんなまどろっこしいのは必要ないよ。多分、というか絶対、呼べば来るから」
「え? え?」
困惑しているゆりかごをよそに、ハロンは宙で何かを操作するような素振りを見せる。
それから10分くらいたった頃。宿の外が騒がしくなり、何か異常事態が発生したことを知らしてきた。
「な、何が起きてるんすか? 先輩」
「知らねーよ。俺に聞くな」
そう冷たくあしらいながら、窓から通りの方を見る。すると誰も彼もが、空を見上げて指を指しているのが見てとれた。
なんだ? 隕石か?
その視線を辿るように上を見上げて……思わず息を止めた。
海パン一丁のガチムチが、申し訳程度のマントを羽織って、謎の生物とともに飛来してくる。
「……いくら何でも早すぎるだろ。あの変態」
そう小さく呟いたハロンの声が、妙に耳の奥へ響いた。
◇
「君か。アルケミストになりたいという少女は」
さっきまでの変態装束はどこへやら、上から下までキッチリとスーツで決め、ネクタイを締めた社会人らしき男性が、爽やかな笑顔でゆりかごへと話しかける。
ここだけ聞くと、最低限の礼儀は弁えているのかと安心しそうになるが、なんてことはない。
ただ宿屋の女将に、その格好で一歩でも敷居を跨いだら営業妨害で訴えるぞ、という至極当然なお叱りを受け、渋々着替えているだけだった。
「あ、その……よろしくお願いします」
勿論そんな仮初の格好で隠し切れるはずもなく、溢れ出る変態オーラに警戒心をマックスにしたゆりかごは、3メートルの距離を保って最低限の礼儀を示した。
パウンドも剣呑とした目つきで睨んでいるし、ゆりかごに会わせたくなかったハロンの気持ちも、痛いほどよくわかった。
「『金丸』。わかってるとは思うけど、私の友達だからね。もし変なことをするようなら、マスターに言って除名させるから」
身内の恥を晒していることに頭を抱えながら、ハロンは大分キツい口調で注意する。
も、どこ吹く風といった様子で、金丸とやらは堂々と返した。
「何を馬鹿な。高校生以上はそういう対象にならないと、君もよく知っているだろう?」
生粋の変態だった。もうレベルが高すぎる。
男の俺でもちょっと引くレベルだ。男性恐怖症が入っているゆりかごにとっては、ハードルが高すぎる。
男性に慣れるためにも勇気を出したと言うのに、最初からクライマックスとか、もう可哀想すぎて見ていられない。
「うん。やっぱりゆりかごには……というか、私たちにはこの男は速かったみたいだね。ということで」
「お引き取り願うっす。ほら、速く」
「おら、さっさとしろや」
3人して、目の前の変態を扉の向こうへ押し出す。折角来てもらって悪いが、罪の比重で言えば向こうのほうが重いだろ。
「いやいや。遠慮しないでくれたまえよ」
が、向こうも負けじとその場にどっしりと構えやがった。くそ、壁みたいに重い。通報した方が速いか?
そんな俺の思考を遮るような、待ったの声がかかる。他ならぬ、ゆりかごの声だった。
「み、みんなありがとう。私は……………大丈夫だから」
……随分と溜めたな。
なけなしの勇気を振り絞ったその少女は、油がきれたみたいなぎこちない足取りで変態の前に行くと、ペコリと頭を下げた。
「よ、よ、ヨロシク……オネガイシマス」
ゆ、ゆりかご。まさかお前………マジか!?
「駄目だよ、ゆりかご! 考え直して!」
「そうさ。この男は私がなんとかするから、君は」
二人が必死に言葉を尽くして引き止める。
もう今の構図とか、これまでの流れを見たら、村のために悪徳領主に連れてかれる村娘そのものだな。
畜生っ、思わずゆりかごに感情移入しちまったよ。
「なぜか、私。悪役みたいだな……?」
そのことを的確に感じ取ったのか、変態も小さくそうぼやく。
どこまでも、自業自得だった。