リアル?
「で、ここからが本題なんだけど。まず魔力というものを、君たちには感じてもらいます」
うげっ、やっぱりやるのかあれ。初心者が離れる原因になるから、あんまりお勧めはしたくないんだが。
ただ、やって損が無いのは事実だ。このフルブラは魔力ゲーとさえ言われているくらいだし。
ま、俺が口出しするようなことじゃないな。
「ちょ、先輩どこ行くんすか?」
「12時にはゲームを止めるよう親に言われてるんだよ」
「そう言ってまた、私たちから逃げるつもりっすね?」
「もう逃げねーよ。足掻いても無駄だし」
そもそも、同じ高校の時点で縁を断つのは不可能だった。
マジで、なんであのとき制服なんて着てたんだろうな。自分のネットリテラシーの低さに首を絞められるとか。
ていうかまず、同じ高校のやつと鉢合わせるなんて偶然、読めるわけねーだろうが。どんな奇跡だよ、マジで。
「ああ、大丈夫だよ先輩。10分で終わるから」
「………何が?」
俺は震える声でそう尋ねる。聞き間違いだよな?
「魔力だよ、魔力。10分で出し入れは自在になるよ」
「冗談だろ。山岳マラソンが10分で終わるわけが」
「何の話? マラソンなんてしないよ」
そう言うや否や、俺の胸の辺りに手を当ててくる。な、なんだ? なんか……なんか……メチャクチャ不快だぞ!?
「動かないでください先輩、気持ち悪いのは我慢して。人工呼吸と同じ理論ですよ。わかりますか? これが魔力です」
「そ、そんな馬鹿な……魔力は、体内に干渉しないはず……」
「先輩、タイムスリップして来たんですか? そんな提唱、半月前には覆されてますよ」
うぐっ……また、知らない事実を突きつけられダメージを受ける。俺の遊んでいたゲームが消えていくような、言い寄れない寂しさに埋め尽くされる。
いや、新しい方法が確立されたのは喜ばしいことだな。前より圧倒的に楽になってる。その、荒療治具合は変わってないが。
「よしよし、こんなものかな? 魔力出してみてください」
「…………」
「おおー! 上手いですね、先輩」
そんな俺たちの様子を見て、あいつらも興味を持ったらしい。次は私、私とうるさく騒ぎ立てる。
勿論こんなことをしなくても、魔力自体は元から自由自在に扱えた。このくだらない茶番に乗ってやったのは……まあ、色々と親切に教えてくれたからな。
そんな感じで周りのプレイヤーに奇異な目で見られる中、夜中が過ぎるまで、草原のフィールドでわちゃわちゃしていた。
◇◇◇
「本当にこの高校に通ってるの?」
「間違いないよ! うちの制服着てたんだし。ねー?」
「うん……でも、どこにもいないよ?」
私はそこでガックリと肩を落とす。
うちの教室のホームルームが速めに終わったので、二人を連れて2年の教室を、そして一応3年の教室を回ってみるも、先輩の姿は見当たらなかった。
欠席者はちょくちょくいたけど、先輩は今日は登校しているはず。朝ゲーム内で会ったとき、制服を着ていたし。
「……もしかすると、OGだったのかもね」
「でも、制服を着てたんだよ?」
「だからそう………コスプレとか?」
うーん、と3人で唸る。私自身上手く言えないけど、先輩が高校生ってことは嘘じゃ無い気がした。
「ちょっと、職員室に行って聞いてくるね」
「待った。聞くって言ったって、なんて聞くの? 私たちは先輩の名前すら知らないんだよ?」
「そうだよね……写真とかもないし」
「柳、金川、道下。お前らこんなところでどうしたんだ?」
私たちがどうするべきか迷っていると、担任に声をかけられる。
「言ったろ、まだ他のクラスはホームルーム中だって。人を待ってんなら、自分のクラスに戻って」
「違うっす! 私たち、人を探してるんすよ」
「人? 男子か? 女子か?」
そこで私たちは顔を見合わせる。
「女子っす! 女子!」
「いつもズボンを履いてました」
「一人称は俺だったね。後、口調も男っぽかった」
これで個人が特定できるのか不安に思ったけど、どうやらその心配は杞憂だったみたいで。
それらの特徴を聞いた途端、先生は苦々しい顔を浮かべた。
「ああ、なるほど。工藤を探してるのか」
「工藤? 工藤さんって言うんすか? 何組なのか、教えて欲しいっす。探してもどこにもいなくて」
「そりゃ、いないだろうな。うーん……ここじゃあれだから、お前ら職員室来い」
言われるがまま、担任の杉浦先生についていく。杉浦先生は、どこか重苦しい表情を浮かべていた。
◇
「最初に聞く。お前ら、工藤をどこで知った?」
真剣な眼差しを私たちに向けて、そう尋ねてくる杉浦先生。どこか試されているようだった。
「げ、ゲームの中っすよ。ゲームの」
「ゲーム? ……まあ、良いか。で、あいつのことについて、お前らは本当に何も知らないんだよな?」
「な、なんすかそれ? まるで何かあるみたいな言い方っすけど」
「あるんだよ」
私の問いに間髪入れずに答えてくる。ここに来て尚、工藤さんについて伝えることを躊躇っている様子だった。
「お、教えてください杉浦先生!」
「私たち、あの人と友達になったんです」
「そうか、そこまで言うんなら……」
杉浦先生は内緒話でもするみたいに声を顰める。
「工藤は今、保健室登校をしている」
「え?」
それは、私たちを動揺させるには十分すぎるほどの情報だった。
◇
「よう。何、辛気臭い顔してんだよ、お前ら」
俺は少し驚いた。なんせ、3人ともゲームとあまり顔が変わっていないんだから。元が良いタイプのヤツは偶にいるけど、それが3人全員とはな。
「驚いたぜ。まさか、本当に乗り込んで来るなんてな」
ここまで来たってことは、既に色々と聞いているんだろう。俺が中学の頃虐められていたことや、不登校になっていたこと。そのせいで高校に入ってからは保健室登校をしていること。
別に俺としても、元より隠すつもりは無かったし別に良いが。
「だからってお前らがそんな顔するのは違うんじゃねーか?」
「そ、そうっすよね。ごめんなさいっす」
口ではそんなことを言っているが、全員態度には出ていない。なんて声をかけるべきか決めあぐねているようだった。
「余計な気遣いはいらねーよ」
その言葉に、3人は揃ってビクッとする。怒ったつもりは無かっただけに、その反応に軽いショックを受ける。
「で、何しに来たんだお前ら」
今度は明確に怒気を孕んで、尋ねる。これで適当なことを言って帰ってくれて、そのついでに金輪際関わり合いにならなければ儲け物……なんて考えていたんだが。
3人、顔を見合わせて頷いたかと思うと、俺の思惑とは反対にこっちへ距離を詰めて来やがった。
なんなんだ、こいつら。
3人を代表して、ポニテが一歩前に出て手を伸ばしてくる。
「先輩、私たちと友達になってくださいっす」
だから俺は立ち上がって、恫喝するように睨みつけて言った。
「言ったよな? 余計な気遣いはいらないって」
俺たちの視線がバチバチッと交錯する。
そのピリついた空気に割り込むように、ガツンとした衝撃が後頭部に走った。
「あんた何やってんのよ、後輩相手に」
「いてーな! お袋!!」
「「「お袋?」」」
3人の声がハモる。この保健室の主は、その女子高生3人相手に笑顔で近づいていった。
「ごめんねー。この子捻くれてるけど、根は優しい子だから。君たちが友達になってくれるの、もう大歓迎!!」
うちのお袋の圧にタジタジになっている三人娘に、俺は深くため息をつくのだった。