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Seven for Heaven   作者: たいやき
ガーデインにて
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気づき

「お客さん、本当にここまでで良いの?」

「はい、ありがとうございます。後は自分で歩いて行けますので」

「……悪いことは言わねぇ。この先に進むのはやめときな」


その御者の方の言葉に、私は首を傾げます。


「どうしてですか?」

「ここは嬢ちゃんが考えてるより危険なんだよ。ここが目的ってことはそう言うことなんだろうが、嬢ちゃんの望むような簡単な死に方はできねーぜ」


ここまで連れてきておいて、何をおっしゃっているんでしょうか?


それに、ここは目的地ではありません。私の目的は、この先にあるガーデインという街なので。

そこを目的地として伝えたところで連れて行ってくれるはずもありませんから、ここを目的地と称しただけです。


そのことを伝えようとする前に、渡したはずのお金を返金されてしまいました。

締めて白金貨10枚、三世代は遊んで暮らしていける金額です。


「これは返すよ。それでもと来た場所まで送って行ってやる」

「いえ、結構です。受け取ってください」

「ここに来る道中、ずっと悩んでいたんだ。死ぬとわかっている奴をわかって送るのは、殺人と変わらないってな。こんな金を積まれて目が眩んじまって、俺がどうかしてた」

「いえ、ですから」

「月並みな言葉だが、人生まだまだ長いんだ。今まで何があったかは知らねーが、死ぬなんて勿体無いぜ?」


話を聞こうとしない御者の方に、ほとほと困り果ててしまいます。


異邦人だと伝えれば、この方は納得して帰ってくれるでしょうか?


そんな風に考えを巡らせていると、幸運なことに、こんな状況にお誂え向きのピンチが襲ってきました。


「嘘だろ、『グラート』かよ!? 森から出てきたのか! おい、嬢ちゃん! 速く馬車に乗りな! 今なら逃げ切れる!!」

「ああ、いえ。大丈夫ですよ。そこで見ていてくだされば」


静止の声を振り切って、グラートと呼ばれたオークのような見た目をした魔物の前へと立ち塞がります。


たった2体ですが、デモンストレーションには充分でしょう。


「『リネマリア』」


そう解錠の文言を口にすると、手にしたオルゴールの入れ物ほどの小さな箱から、巨大な戦斧が飛び出してきます。


やっぱり便利ですね、この魔道具は。マジックバックの一種で、容量は一つですが、ポケットに入れて持ち運べるのが、グットです。


「『ルナ・マリア』」


戦斧のスキルを発動させると、どちらも綺麗に二つに分かれます。


人間ほど柔らかくはありませんが、まだまだですね。バターのように切れてしまったので、力を示すには少し不充分でしょうか?


「あ……あ……、え?」


どうやら杞憂だったみたいです。安心しました。


でも、ここまでリアクションが良いとなると、もう少し凄いところもお見せしたくなってきますね……と、考えが至ったところで、逃その方はげるように去っていきました。


結局、白金貨も受け取らないまま。タダ働きをさせたみたいで、悪いことをしちゃった気分です。



森を進む道中、先ほどの勘違いは私にも原因があると考えました。


死ぬつもりはありませんでしたが、無自覚にそういう雰囲気を出していたのかもしれません。

だって、今日限りでこのゲームを引退するつもりですから。


理由は単に、このゲームがつまらなくなったから、という面白味もなくつまらないものです。

一年間頑張っては見たものの、やはり駄目でした。


あの人がいなくなった後、心にポッカリと空いてしまった穴が、ここにいるだけでズキズキと痛むようでした。


鈴蘭さんにもこの思いを打ち明けたら、彼女もまた同じ気持ちを抱いていると聞いて、どこか安心しました。


引退する決意を固めた今となってわかりました。皆さん、同じ気持ちを抱いて、このゲームを去って行ったのだと。

もうあの、栄光のように煌めいていた日々は戻ってこないのだと。



「誰だ貴様は! 何者だ!」

「冒険者です。お金を稼ぎにきました」

「……何? 怪しいな……カードを見せてみろ」


言われるがままに冒険者カードを見せます。門番らしき方は、それを睨めつけるように見るや、鬼の首を取ったように指摘し始めました。


「怒級冒険者だと? よくそれでここまで来れたな……が、残念だったな。怒級冒険者ごときにやる依頼はここにはない。とっとと、帰んな」


その理不尽な対応の冷たさから、悲しい気持ちに陥ります。が、自分がレッドプレイヤーであり、カルマ値を貯めていることを思い出しました。


カルマ値が高いプレイヤーに対して、NPCの対応は自然と冷たく淡白なものになるようにこのゲームでは設定されています。

NPCと触れ合う機会が少なすぎて、すっかり忘れていました。


しかし、どうしましょう……ここに入らないことには……。


と、悩んでいるところで助け舟がやって来ました。


「ならさ、実力を示せば良いんじゃない?」

「く、クローシアさん?」

「ここは僕に任せといてよ」


そう言って、クローシアさんは門番の代わりを買って出ます。


身長は私より高い程度でしょうか。その足運びから戦闘職、しかも無手ですね。女性にしては珍しいです。


「で、君。名前は?」

「メロディです」

「ふーん。それで、メロディ。君ってPKなの?」

「はい。そうですよ?」


暫し流れる沈黙。正直に答えた私に対して、クローシアさんはどこか驚いているようでした。


「ま、そこまでの色合いしてて、誤魔化すわけもないか。まあ、安心してよ。僕、PKに対して偏見とかないからさ」

「? それは、どうなのでしょうか?」

「……一応、君をフォローしたつもりなんだけどな」


フォロー? 何の話でしょうか?


「良いや。で、メロディ。君って強いでしょ」

「わかりますか」

「そりゃあね。僕だって結構やるし」


そうなんですか? そうは見えませんでしたけど。


「来なよ。僕に勝ったら、色々と口添えしてあげるからさ」

「え? そんな簡単なことで良いんですか?」

「へー、言ってくれるじゃん」


お優しい方だと思いましたが、いきなり態度を急変されてしまいました。むむむ……やはり、会話は難しいですね。


「後悔しないでよ」


その宣言に合わせて、私も『グロリア』を構えます。


「何それ? どこから出したの?」

「私に勝てたら教えてあげますよ」

「なんだ、そんな簡単なことで良いの?」


そう言うと、自らを鼓舞するようにブルリと身体を身震いさせ、ニヤリという笑みを浮かべるクローシアさん。


戦闘そのものを楽しんでいる方でしたか。私には、わからない感情です。動物を撫でてる方が、楽しい気持ちになれますよ?


「『息吹』」

「『クレッシェンド』」


揃ってバフスキルを唱えます。クローシアさんの使ったスキルの効果は……忘れてしまいました。

前に教えて頂けた覚えはあるのですが、駄目ですね。あの人ほど賢いわけでもないので、すぐに忘れてしまいます。


「余所見している暇は、無いよ!!」


自分で言うだけあって、動きは中々素早いですね。油断していたわけではありませんが、距離を極限まで詰められてしまいました。


ここまで近いとなると、間合いを考えても不利になりますね。その程度、さしたる問題でも無いのですが。


「『昇龍波』」

「『昇龍波』!!」


真上へと飛び上がるアッパー系のスキルを、紙一重で躱して、生じた隙に打撃を入れようとしたところで、何らかの妨害によって動きを止められてしまいます。


「嘘っ!? 身体が……動かない!? き、君、何したの?」

「私でもありませんよ」


スキルを空振りしたクローシアさんは、地面に着地するや否や、立ってられないとばかりに地面へと倒れ込んでしまいました。


私も耐えてはいますが、中々に辛いです。

重力魔法とは、少し違いますね。どちらかと言うと、ステータスダウン系の何か。立っているだけで足が震えるのを感じます。


「多分、あの人ですね」


見上げると、外壁の上に腰掛けている女性を発見いたしました。


「べ、ベル? なんで」

「……虐めないで」


ふわりと、重力を感じさせることもなく私たちの間に降り立つと、クローシアさんを庇うようにその腕を広げてみせました。


「大丈夫ですよ。先ほどは、私も望んだものでは無かったので」

「そう。良かった……君とは、闘いたくなかったから」

「そうですか? 私は少し残念ですね」


そんな願いを意図的に無視したのか、ベルさんはヒクヒクと痙攣しているクローシアさんを抱えて、ガーデインの街へと入っていきます。

私もその後に続いて、門を潜りました。



それにしてもベルさん、少々興味深い方ですね。このゲームを引退する直前でこんな巡り合いを用意するなんて、やはり神様は少しだけ意地悪です。



「ここに来るのも久しぶりですね」


寂れた道に植えられた、一本の街路樹。それを見て私は、物悲しい気持ちを感じてしまいます。


私たちの始まりであると同時に、終わりを告げる場所。ある枝に並ぶように結ばれた、何本か光を失ったリボンがそれを示していました。


生命の糸(ハルハロ)』で編まれたこのリボンには、魔力を込めた本人に対応した色に染まるという特性があります。

込めた魔力は5ヶ月程度で抜けるので、常に色を付けるには適度に更新していく必要がありました。


透明ということは、5ヶ月の間ログインをしていないことを示しており、それは実質的な引退を示します。

ここに結ばれたリボンは、その役割を担っていました。


「残っているリボンは四つですか……これももうすぐ三つに」


そこまで言って計算が合わないことに思い至ります。かつての仲間で残っているのは、私を含めて3人のはずですが……


「………え? この色って………」


知らず知らずのうちに、私の頬に涙が伝うのを感じます。



嗚咽とともに漏れ出る声は、万感の思いが込められていました。

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