疑惑?
「貴方がたには、度重なるご迷惑をかけたようですね。ルーベン子爵に代わって謝罪致します。誠に申し訳、」
「ちょっと待った。姫さんが謝る必要はないだろ? 周りを見てみな、揃いも揃って困ったような顔してるだろ」
リディアの言う通り、その場にはプレイヤーを含めて、未だ公爵令嬢相手にどういう対応をすれば良いか困っている人が殆どだった。
日本には貴族なんてわかりやすい序列は無いから、仕方ない。
「ですが、迷惑をかけたのは事実で」
「子どもが、そんなこと気にしてんじゃ無いよ」
そう言って勢いよく背中を叩くリディア。その不敬としか取れない行動に、他の冒険者は面白いくらいに慌てふためく。
「うっさいね、あんたら! こんな子ども一人に、一々ビクビクしてんじゃないよ!!」
「貴方にはもう少し、気を遣って欲しいんですが」
全員の不安とは裏腹に、漫才のような掛け合いをする二人。
まさか、知り合いだったりするのか? 死級冒険者ともなると、公爵令嬢とさえ関係が持てるんだな。
「で、どうすんだいこれから? わざわざこんな辺鄙なところに来たんだ。滞在していくだろ?」
「いえ。折角ですが、公務や習い事もあるので」
「そうかい、そりゃ残念」
残念そうに首を振るリディアにカレイヌは声をかける。
「リディア、護衛としてついていってあげてくれ」
「ついて行ってって……簡単に言ってくれるね。ここから公爵家の場所まで、どれだけ離れてると」
「そうですよね、迷惑はかけれませんよね」
「……あー、クソ。だから気なんて使ってんじゃないよ。行くならさっさと準備しな、こっちだって暇じゃないんだ」
「はい」
なんだかんだ仲良いのが伝わってくる。
俺が思っているより、良い関係性を築いていた。
◇◇◇
「で、なんで私たちが公女様の乗る馬車に同乗してんすか!?」
「知らん。なんか、頼んだらいけた」
意外と言ってみるもんだな。
リディアはまだしも、まさかあの怖そうな女もOKを出してくれるとは思わなかった。
いや、勿論即答というわけでも無かったけど。でもこうして、お嬢様と一緒の馬車に乗れたのは、少なからず俺のスキルが影響しているはずだ。
「申し訳ありません、シャロン様。このような者たちと一緒に、乗り合わせるようなことになってしまい。これは私の不徳の」
「謝罪は結構。それに、許可したのは私よ。いつもいつもあなたと二人きりなんて、つまらないもの」
「しゃ、シャロン様? もう少しこう、手心を」
相変わらず大変そうだな、お嬢様のお守りは。
「と、というか先輩。本当に大丈夫っすよね? もしかして、私の存在って不敬になったりするんじゃ」
「パウンドさん……でしたっけ?」
「は、はい!」
「私ともお話ししてくれませんか? 折角、同じ馬車に乗ってるというのに、会話もないなんて寂しいです」
そう言ってニコッと、儚げな笑みを向ける公女様。元々の顔の造形の良さもあるが、魅せ方っていうのもよく理解している。
自然と目が惹きつけられるそれは、何らかの方法で記録に収めてその層に売れば、数万円は降らないだろう。
「あ、やばいっす先輩。私、この子に惚れそうになってます」
「勝手に惚れてろ」
そんなやり取りを挟みながら、長い長い場所の道は続いていく。
◇
「これから野営になるが、その場所の選定で私はしばしここを離れる。よってお前らも着いてこい。私のいないところで、シャロン様といさせるわけにはいかないからな」
「わ、わかりました」
「了解っす」
「面倒くさいから嫌」
流れの中で一人だけ否定意見を述べたことで、お嬢様を除いた3人の視線が同時に向けられる。
なんだ、同調圧力か? 未だに蔓延る、悪い文化だよな。
「ふ、ふざけるな貴様!! あろうことか面倒くさいだと!? 一体誰のご厚意で、この馬車に乗せてもらってると」
「ヒヨリ、うるさい」
「お、お嬢様!?」
急にハシゴを外されて目に見えて動揺するヒヨリとやら。が、流石に譲れないとばかりに食い下がる。
「しかし、安全面を考えても」
「ここに私一人きりにする方が危険でしょ」
「で、ですが」
そこで区切って、言葉を探すように黙り込むヒヨリ。どれだけ言葉を尽くしたところで、言い返されるだけだしな。
いつも大人ぶった態度や物言いをしているが、そういう変に意固地なところは年相応に思える。
「ならこうしましょう。ここに私とこの人の二人きりにして? そうすれば3対1の構図はできないし、私が一人っきりになることもないでしょ。違う?」
「ああ、そういうことですか。それなら、まあ」
「嬉しいわ。いつも頭の固いヒヨリが、こうもあっさり。それも、彼女のおかげかしらね」
「い、いえ! そのようなことはございません、決して」
一頻り揶揄われたヒヨリは、二人を連れて馬車から出ていく。
ということで、この馬車としてはだだっ広い空間に二人きりという、何とも気まずい状況が出来上がったわけだが。
「ねぇ、教えてくださる? どういうつもりか」
「別に。ただ、貴方の思惑に乗ってあげただけ」
そんなこともお構いなしに、二人っきりになった途端、その隠していた表情を見せてくる。
とは言っても、惚れた好いたとか、そんな甘いものじゃない。警戒心、嫌悪感、そんな色々なマイナスの感情が混ぜられた仇でも見るかのような表情だった。
「……驚かないんですね」
「何に?」
「魅力系のスキルが効いていないことにです」
勿論、驚きはしない。スキルが効かないことも、スキルのことをズバリと言い当てられたことにも。
少女の身につけているアクセサリーのペンダント。それが、精神への攻撃や侵食を防いでくれるらしい。
これは本人から聞いた話だが、俺のスキルも効かないとなると、相当な効力だ。なんせ、リディアにさえ効いたのだから。
「まず持って、ヒヨリが同乗を許したのがおかしい話です。どれだけ私が言葉を尽くそうとも、彼女は感情論でそれを否定してくるでしょうから。今だって、私と貴方がここに残ることを簡単に許しました。肩透かしにも、ほどがありますよね」
聞いてもいないのに、俺を疑った根拠をペラペラと聞いてくる。こういうところが、大人ぶってんだよな。
「否定はしないのですか?」
「否定? それをする領域にもないんじゃない?」
「……確かにこれだけのことで疑うのは早計です。ですが知っての通り、魅了系のスキルの乱用はこの国では罪に当たりますよ。確たる証拠を集めれば、あの方と一緒に向こうで裁かれるでしょうね」
え? 魅了系のスキルって罪になるの?
じゃあ駄目じゃん。俺、生きてるだけで犯罪者じゃん。
「その上で尋ねます。貴方は魅了系のスキルを使いましたね? 自白すれば刑は軽くなりますよ」
「罪は軽くならないの。じゃあいい」
「そうですか。では、残念ですが」
そう言って少女は懐から筒のようなものものを取り出す。それ、見たことあるぞ。中身は確か、
「『管狐』! この罪人を捕えなさい!」
その掛け声とともに、ボフンと筒から上半身を飛び出させた何か。それは動物であるんだろうが、ビジュアルは怖い。
狐と言われれば狐なんだが、どっちかって言うと童話とかに出てくる狼に近いな。
俺がそう推察している間に、ぐんぐんと飛び出てくる管狐は、ついに俺の身の丈すら超える……というか、大きくなったなお前。ちゃんと成長とかするんだな。
懐の召喚石が痛いほど揺れる。
(主、速く召喚を! あのような獣擬き、妾がぶちのめしてやる)
なずなの懇願は無視する。ぶちのめすなんて、可哀想だろ。
「さあ、行きなさい!!」
主人の掛け声とともに威勢よく飛びかかってくる管狐。俺はそれを、全身で受け止めた。
「………は?」
「おー、よしよし。久しぶり、元気だった?」
「クーンクーン」
甘えるように鼻先を擦り付け、舌で舐めてくる管狐。お、狐っぽい見た目に戻ってる。あれは、フォルムチェンジみたいなものか?
「あ、あの。管狐………?」
「毛並みもフサフサになってる。満足満足」
状況を飲み込めてない令嬢様は無視して、二人で感動の再会を喜び合う。この狐とは思えない、質感が良いんだよな。
(な、なにしておる主! そのような俗物をそんな大胆に抱きしめおって! 妾だって、妾だって!)
「はいはい。後でやってやるから、今は大人しくしてろ」
一年ぶりの感触だ。なずなにだって、邪魔させはしない。
「ま、まさか!? 管狐に対しても魅了のスキルを」
「違う。飼い主だから、この子のステータスは確認できるでしょ」
そう言われて我に帰ったのか、管狐の尻尾をすりすりと触る公爵令嬢。ん? 余りのことに気が狂ったのか?
「う、嘘。状態異常にはかかってない……?」
ああ、そうやって確認するのか。というかできるんだな。適当に言ってみただけだが、やっぱり言ってみるもんなんだな。
「つ、つまり……どういうこと?」
「私に聞かないでよ」
あ、本格的にパンクした。いつもの口調すら、取り繕えてない。
「知り合いだし、当然じゃない?」
「し、知り合い? 何を出鱈目なことを」
教えてやるべきか? いや、まだ遊んでいたい。こんなに楽しめるなら、口調を変えてまで正体を隠したのは正解だったな。
「そうだ! 好物の油揚げ! それを身体に塗り込みましたね!」
「頭おかしいの?」
やばい、楽しくてつい夢中になっていたら壊れてしまった。というか、こいつの好物もやっぱり油揚げなんだな。狐系の魔物は等しくそう設定されてるんだろう。
(主? 大変失礼なことを考えていないか? 何度も言うようだが、妾の好物は油揚げなどではないぞ?)
いや、今はそんなことどうでも良い。
こうなった以上、一刻も早く俺の正体を打ち明けるべきだ。
「すまん。実は俺の正体はーー」
「シャロン様! ご無事ですか!?」
慌てふためいた様子で、馬車に飛び込んでくるヒヨリ。
中にはもはや半泣きになっているシャロンと、召喚された管狐。そしてその管狐に、襲われているようにも見える俺。
あーあ、どうすんだよこれ。




