清算?
「え? これ、どういう状況っすか?」
「見てわかるだろ。決戦だよ」
憮然とした態度で、珍しく冒険者ギルドの酒場兼ロビーの空間の、テーブルの一つに着席しているカレイヌ。
そしてそれを遠巻きに眺めるという、奇妙に見える構図。
大成功した、盗賊団の討伐から一夜明け。大層、おかんむりになっているであろう、総督府の責任者がやってくるのを待っている状態だった。
「本当にその人って、来るんすか?」
「ああ。まず、来るだろうな。というか、もう来てる」
無理にスピードを飛ばしたせいか、疲れ気味に嘶く街馬車の鳴き声に、次いで聞こえてくるドタドタと騒がしい足音。
そんな品性のかけらも無いほど慌てた様子で、血相を変えて飛び込んできたのは脂ぎった男。
額には血管が浮き出ており、目に見えてキレていた。
「か、カレイヌさん。昨夜の一件はどういうことですか?」
「いきなりですね。どういうこととは?」
「惚けるなっ! 盗賊団の奴らを、壊滅させたことだ!」
速い、速いって素が出るの。というかそう言うのって、心の中ではブチ切れても表面上では取り繕うもんだろ。
が、その見てるいるだけで不快感を催す男は、自分の正しさを信じるように、次いで早口で捲し立てる。
「これは許されざる行為だ。きちんと対応させてもらう」
「許されざるって、街の近くに拠点を置く盗賊団の一つを壊滅させたことですか? むしろ、褒賞の一つでも出て良いのでは」
「無許可、無許可でた! 何度も言っていただろうが、行動を起こす時は逐一私に報告しろと!」
このおっさん、自分が何言ってんのかわかってんのか?
「すいません。それのどこに問題が?」
「義務を果たさぬ上で、よくもいけしゃあしゃあと……その発言は、私への信頼の欠如と取って良いんだな!?」
「あるわけないだろ、そんなの」
その声の主に、腐ったゴミはギョッとしたような目を向ける。
つまらなさそうにカレイヌと同席していたリディアは、綺麗に全員の心の声を代弁してくれていた。
「だ、誰だ貴様。私に向かって、なんて口を」
「この街最強の冒険者さ。その臭い口で信頼なんて主張するなら、覚えておいて欲しかったねー」
この街最強ってそれ、自分で言うんだな。
その当の口の臭い男は、後半部分の煽りに気を取られ、気にも留めていない様子だけど。
「……カレイヌ、これはどう言うことだ」
「この通り、正直すぎるヤツでして。嘘をつくことも教えるべきでした。これは私の怠慢ですね」
そのわかりやすい煽りに、簡単に乗っかる男。もう結構だ、と怒ったような口調でその場を後にしようとする。
そのやり取りを見守っていた他の冒険者は全員、冷や汗のようなものをかいていた。交渉の決裂を悟ったのだろう。
カレイヌは、最初から交渉するつもりなんて無かったみたいだが。
「貴様らの態度はわかった。このことは報告させてもらう。精々覚悟していろよ、正義によって裁かれるのを」
臭いセリフ回しだ。本気で言っているとしたら、笑えてくる。
が、そのやりとりを同じように聞いていた二人は、笑っている場合ではないとばかりに、俺を揺さぶってくる。
「ま、まずくないですか? これ……」
「確か街で戦争が起こるんすよね? 止めた方が良いんじゃ」
「見てろ。すぐ終わるから」
その俺の言葉の正しさを示すように、踵を返す男と同時に、タイミングを見計らったように冒険者ギルドへ足を踏み入れる少女。
そのまま、その男の進行方向上にて立ち止まる。
「邪魔だ! どけ!」
そう言って八つ当たりで力任せに、その少女を突き飛ばす。
命知らず過ぎるだろ、見てるだけでゾッとしたぞ。
「おい貴様! 今、いかなる狼藉を働いたかわかってるのか!」
「な、なんだいきなり! おいやめろ離せ……ぐっ! おい、誰でも良い! この無礼を働く女を」
「無礼なのはどちらだ!!!」
どこからともなく現れた女が、浅慮なおっさんの身体を関節技で拘束し上から抑え、おっさん以上の剣幕で今にも殺さんばかりの目を向けている。
怒りの量で推し勝ちやがった。今までその経験が無かったのか、純粋に向けられた殺意に目を白黒させている。
「お、お前何を」
「ええい、控えろ控えろ! この方をどなたと心得る!」
もうすぐで100周年を迎えようとする、有名な時代劇のセリフを引用して、そう啖呵を切る。構図としては、確かにそっくりだ。
「え? 誰なんですか?」
「公爵の娘だよ」
「え?」
俺のそのネタバレに、ポカンとした顔を見せる二人。確かに、この国の制度を知ってないと、凄さはよくわかんないよな。
「この家紋が目に入らないのか!! ここにおわすは、かのガードナー公爵家の御息女、シャロン・リタ・ガードナー様であらせられるぞ!! 貴様ごときが、触れて良い人物ではない!!!」
「あ、あ、あ……あ」
今、自分が手をあげた人物を知って、絶望した表情に染まる。
拘束が解かれるや否や地面に頭を擦り付け、その自分より三回りは若い少女に、許しを乞うように平伏した。
◇◇◇
公爵家。
それは、封建制度を採用しているこの国において、最も高い爵位。つまり、王朝の次に権力を持っていることを指している。
4つしかない存在しない公爵家は、それぞれ東西南北に分かれるように本居を構えており、ガードナー公爵家はその中でも南に位置している。
要するに、タルスの街やここを含めた南にある全ての街や土地の、責任者ってことになる。
その事実を知っている者と知らない者とで、ギルド内の冒険者の反応はハッキリと二分した。
知らないヤツは、公爵家っていう名前の響きから、なんか凄いんだろうな……くらいのことしか感じていないだろうが、その分知ってしまっている方は悲惨なことになっている。
総督府長官様と同じように冷や汗をかき、挙動不審になり、目に入れることすら不敬になると感じたのか、ギュッと目をつぶるものまでいる始末。
そんな可哀想な状況を作り上げた張本人は、手際良く用意されていた、この街で一番とも言えるほどの豪華な椅子に座って、目の前の罪人を見下ろしている。
いや、まだ罪が認められたわけではないが、雰囲気的に完全に、咎められるときのそれだった。
「まず聞きますが、権力を使ってここにいる人たちを脅していたのは事実なのですか?」
「い、いえ。そのような事実はどこにも」
「どこにも?」
「いや、その、どこにも………い、いえ、もしかするとですが、そのように誤解されることもあった可能性もないとは」
「貴様! ふざけているのか! 質問には正確に答えろ!!」
見ているこっちが押し潰されそうになる圧迫感。質問というより、もはや尋問の体を成している。
これが横に控えている女の手によって、拷問へと変わるのも時間の問題だろう。
しかし、その少女は余程理性的だった。この問答が無意味だと言うように、暴言を吐き続けている女から資料を受け取ると、男の前に次々と提示していく。
「これはあなたが過去、色々と行なってきた根回しの記録です。全てが正しいとは言いませんが、9割ほどは事実に即しているでしょうね」
「そ、そんなもの」
「いえ、もう結構です。先程のやり取りで、貴方の本性や性根は確認できましたから」
実質的な死刑宣告。もはや、男に弁解の余地はない。
「ま、待ってくださ」
「いえ、待ちません。ルーベン子爵に代わって、貴方を総督府長官から罷免します。そもそも、総督府そのものがもはや不必要ですね。このことは、私の方から子爵に伝えておきましょう」
「どうか、どうかご容赦を!!」
「下郎が! シャロン様に近づくな!」
そうピシャリと言うと、蛇に睨まれたように硬直する元総督府長官のたった今無職になったおっさん。
何らかのスキルを使われたのは、明らかだった。
「声もだせなくしたのですか……まあ、その方が都合が良いですし、そのままで結構でしょう。貴方の犯した罪は、直々に公爵家の方で裁きます。向こうについてから、追って何らかの処置が降るでしょう。じゃあ、連れて行って」
「はっ! おい、さっさと来い! 手間を取らせるな!」
そのまま無職のおっさんから犯罪者に成り下がった男を、力任せに引っ張って外へ連れ出す従者の方。
お嬢様一人残して行ってるけど、大丈夫なのか?




