終結?
「もう終わりかよ。なんかしょぼいな」
「ま、被害が大きかったってのは事実なんでしょ。ここにある金貨とか、一盗賊団程度が保有している量としてはあまりにも多いし」
「そう言えば、大頭と呼ばれる人物はどこにいるんでしょう。ここに来るまで、それらしい人物は見かけませんでしたけど」
「知らないけど。気絶させたヤツの中にいるんじゃない?」
くそっ、冒険者風情が。俺の物に手を出しやがって。
クソクソクソ、クソがっ! なんで俺がこんなコソコソと隠れるような真似をしなくちゃならねんだよ!!
これもそれも、全部あの野郎のせいだ。あのゴギブリ、ここを出たら絶対ただじゃおかねぇ。
そうだ、まずはここを出なきゃならない。あんな小僧ども、簡単にヤれるだろうが今は堪えるべきだ。
再起を図る、その後で全員殺す。一人残らず殺してやる。
持ち出せた金は金貨たった百枚。
情け無い話だ。数年とコツコツ貯めてきたものを、こんな一夜限りでほぼ全てを失う羽目になるなんてよ。
いや、反省しろ。これもあのクソと手を組んじまって、最近調子に乗ったせいだ。やりすぎた、その一言に尽きる。
取り敢えず、あのゴキブリにはこの件のお礼をしにいく。そこでヤツの財産もかっぱらおう。それで少しはマシになるはずだ。
ヤツも相当、私腹を肥やしていたからな。
逃げるようにわらわらと湧いてくる冒険者どもをかわしながら、秘密の出口へと向かう。
なぜかはわからないが、出入り口を含めたここのアジトの構造のほぼ全てが、奴らに筒抜けだった。
仲間の中に裏切り者がいた。呪紋をどうやって掻い潜ったかは知らないが、そこはまず間違いない。
そいつにも、きちんとお礼をしないとな。
「見つけた!! おい! まだここに」
「うるせぇ」
脱出の邪魔をしてきた木っ端を一瞬で細切れにする。低級冒険者ごときが調子乗んな。
幸いなことに、ここに攻め込んできた冒険者は数は揃っていたが、質としてはてんで駄目だった。話にならないレベル。
死級や羅級どころか、蘇級すら中々見受けられない。
それでも、頭程度を倒すなら充分なんだろうが、元羅級冒険者だった俺を捕まえるとなるとあまりにも不充分。
だからこそ、尚更ムカつくところもあるが。
「ちっ、随分と遠回りさせやがって」
やっとの思いでたどり着いたのは、俺だけしか知らない隠し通路。ここの存在は誰にも話したことがない。今、この状況で俺自身が信頼できる唯一のものだ。
あ? 道が埋もれてる?
なんかのはずみで閉じちまったのか、面倒だな。
まあ、実質的な出口はここしかないから必死な思いで、素手で土を掘り進める。ミールみたいで、実に間抜けだった。
こんなことなら、一人ぐらい部下を連れてくればよかったな。ここを出る直前で処理すれば、なんの問題もなかっただろうし。
そんな後悔とともに、出口を開通させる。
穴の中に差し込む月明かりが、やけに眩しく感じた。
「取り敢えず、ゴギブリの野郎だな。まずはアイツを殺す。その上で、あの冒険者ギルドの奴らにも、きちんと報復してやる。そうだ、アイツの死体に冒険者の奴らがやったって痕跡を残そう。そうすりゃ、騎士団の奴らが勝手に潰してくれる」
「なるほど、なるほど。それは実にいい考えだね」
「誰だ!? アガッ!!」
あろうことか、地面から上半身を出したところを後ろからものすごい力で踏みつけられる。
舐めた真似、してくれるじゃねぇか!!
「潰れろ!! 『オルリゼート』!!」
「『イキュロス』」
……あ? 魔法が、発動しない? 何が起きて
「いきなり、魔法とは無粋じゃないか。まあ、無粋という点では、こちらも強く言えないんだが」
そう言うとそのクソ野郎は、踏みつけていた足で俺の後頭部を思い切り蹴り付けやがった。
頭に響く衝撃、脳がグワングンと揺れ、平衡感覚が保てなくなる。
誰が、誰が一体。
「いい加減、這い出たらどうだい? 今の格好、凄く無様だよ」
「い、言わせておけば……言われなくても」
安い挑発に乗るのは癪だが、今の体勢が無様なのは確かだった。だから、なんとか腕の力だけで這い上がる。
「絶対殺す、絶対殺す、ぜった」
「情熱的なプルポーズどうも。初めましてだよね」
その俺を踏みつけてた女の顔を見て、言葉が止まる。
顔につけた眼帯に、凍て殺すような瞳。銀髪の髪。そして何より、隠そうともしないその溢れ出る威圧感。
見間違えるはずがない。仮想敵として、最大限警戒していた女。
「『氷獄』のカレイヌ……」
「それはまた、懐かしい名前だね」
し、しくじった。まさか、こいつも出てくるなんて。
クソッ、だからこんなところでアジトを構えるのは嫌だったんだ。アイツが、あの野郎どもが、あんな話に乗らなかったら!!
「後悔しているところ悪いけど、大人しく捕まってもらうよ」
「に、逃げ、速く」
「まさか、この後に及んでまだ逃げれると思ってんのか?」
逃げ道を塞ぐように現れた女。その顔に縮み上がっていた心臓が、更に縮小するような錯覚を覚える。
「て、て、『天稟』?」
「その二つ名、やめてくれるかい? 気に入ってないんだよ」
その化け物は鬱陶しそうに言うと、化け物の方に向き直る。
「遅かったね。リディア」
「まーね。巣穴にこもって散々暴れてからこっちに来たからさ」
「随分酷くやられてるみたいだけど、それもそこで」
「まさか。というか、わかって言ってるだろ」
「それはね。で、どう? 初めて闘ってみた感想は」
「ハッキリ言って強かった。正直予想以上だよ。知ってる技から知らない技まで諸々てんこ盛りで、負けていてもおかしくなかった」
「それは頼りになることで……まさか、殺したりしてないよね」
「それこそ、まさかさ」
二人が話し込んでいるうちに、そろりそろりと距離を取る。なるべく視界に入らないように、少しでも這ってあの巣穴へと。
と言う思惑が浅はかだと言わんばかりの強さで、思いっきり背中を踏みつけられ、その場に釘付けにされる。
だ、誰だ? 二人はまだ話してるぞ?
そう疑問に思い上を見上げると、本当に知らない男が立っている。
リディアと同じように、未だ立っているのが不思議に思うぐらいの酷い手傷を負っていた。
「おい、逃げられてるぞ」
「ああ、ごめんごめん……って、ステイルか。その傷は?」
「殺すぞ」
「ごめんごめん。冗談だよ」
そう言いながらカレイヌは、這いつくばっている俺に向かって、冗談にならない蹴りを顎に入れてくる。
歯の何本かが、綺麗に宙へと舞った。
「や、やめて……ください。殺さないで」
そんな俺の命乞いはどうでも良いとばかりに、カレイヌは俺の髪の毛を掴み上げ、思いっきり引っ張り上げる。
その痛さに恐怖に、思わず涙が溢れていた。
「うんうん。望み通り、殺さないでおいてあげるよ。死にたくなるほどの痛みは受けてもらうけど」
◇◇◇
「んだよ、死体なんか眺めて。相変わらず趣味の悪い野郎だな」
「っ!!?? 誰だ!?」
「そんな警戒すんなよ。知らない仲じゃねーんだし」
「………? 知らない仲だが?」
俺の発言に馬鹿正直に答える、眼鏡をかけた金髪の男。相変わらず素直な野郎で、話してておもろい。
「その死体、お前がやったんだろ」
「!? な、なぜ、そんなことを?」
「そいつの死因は溺死だ。なのに、その男の顔や衣服のどこにも濡れたような痕跡はない。気道だけを的確に塞ぐ、その魔力操作。プレイヤーでそんな芸当できるやつは、お前を除くと後一人しか知らねーよ」
「い、いや。そういうことを聞いたわけでは」
あまりにも早口で捲し立てたからか、モニョモニョと弱気な態度を見せる眼鏡。見た目通り、どこまでも真面目な野郎だ。
「それで? ここにいたのはあれか? NOIL関連か?」
「!? どうしてその名前を」
「聞いてるのはこっちだぞ」
「あ、ああ。そあだな、すまない。君の言う通り、ここに来たのはNOIL関連だ。経過を見てこいと言われて来てみれば、大変なことが起きたみたいで」
「折角だから便乗して、荒野の奴等を殺して回っていたと?」
そうだと言わんばかりに、コクリと頷く眼鏡。
流石だな、発想が常人のそれじゃない。頭の上の、ほぼ黒色の真っ赤なカルマ値のメーターも伊達じゃないな。
昔と変わらなくて、安心している自分がいた。
「で、それでNOILと言う名前は」
「それより何だよ、経過を見に来たって。お前ら人を殺すことしか頭にない、イかれた集団じゃなかったのか?」
そう尋ねると、耳が痛いとばかりに俯く眼鏡。自分でもどこか、納得できない面があるんだろう。
本当、考えてることがわかりやすいなこいつ。
「何となく事情はわかったよ。で、どうする? 殺人の目撃者である俺も、この場で殺すか?」
「いや、それは無理だ。禁止されている」
おい、殺しを禁止って大丈夫か? 生きがいの半分以上失ってね?
というか、そこの死体はお前がやったんだよな? なのに、俺は駄目って基準がわけわからん。
というか、禁止って誰にだよ。お前らの中に、そんな命令系統なんてあったのか? ただの人殺し集団なのに?
そんな疑問が永遠と湧いてくるが、向こうのほうは俺への疑問はどうでも良いのか足早に去っていったので、結局聞けずじまいに終わってしまった。
なんだかな。




