決着?
「さ、これでお互い無手になったわけだね」
ボロボロの状態の二人が向き合う。どちらもが許容量以上の手傷と疲労を負っており、今すぐ倒れてもおかしくない状態だった。
「それじゃ、殴り合いと行こうか」
「………冗談だろ」
そのリディアの提案にステイルは諦めたような笑みを浮かべる。
今までの戦闘を小細工でどうにかしてきたステイルは、純粋な戦闘でリディアに勝つ可能性を微塵も感じていなかった。
それに比べてリディアは疲労もどこへやら嫌に元気である。自分の土俵に持ち込めたのが嬉しかったらしい。
闘う前の、鬱屈とした表情は綺麗さっぱりと消えていた。
「じゃあ、行くよ」
子どものような無邪気さを含んだその宣言と同時に、パンチを繰り出すリディア。
その無邪気さとは裏腹に、その有無を言わさぬ一撃は笑えないほどの殺傷力を誇っているのが、殴られた方の音から伝わってくる。
が、ステイルは倒れない。その一撃をもろに喰らってなお、未だ地に足をつけて立っている。
リディアはもはや、驚く余裕すら無さそうな様子だった。
「………魔技を解放したのかい?」
「ああ、ダメか?」
「いや? そうこなくちゃ、面白くないね」
相手に呼応するように、リディアも魔技を発動させる。
二人の闘いは、佳境を迎えようとしていた。
◇◇◇
「いないね、リディアさん」
「ああ。まあでも、仕方ないさ」
「諦めろって。ギルマスも来れるかわからんって言ってただろ」
「えー、でも」
「そもそもこんな盗賊団一つ、駆り出すまでもないでしょ」
「周辺の被害とか考えると、余裕でノーですね」
「もー、皆んなして! 私の味方はいないの!?」
相変わらず、うちのメンバーは仲が良い。
もうすぐ討伐任務が始まるっていう大事な時間なのに、そこには騒ぎ出すクローシアを宥めたり、煽ったりするいつもの光景が広がっている。
ここにベルの姿がないのもいつものことだった。
基本的にめんどくさがりでやる気がない彼女は、クローシアの誘いであっても来ないことが殆どだったりする。
クローシア経由で知り合って、2ヶ月ぐらい経つが未だに彼女のことは掴めないでいた。
「おい、先見してた奴が帰って来たぞ」
その政宗の言葉に、盗賊団の入り口の一つと見られる場所へ視線を向ける。そこには確かに、息も絶え絶え……というわけじゃないが、偵察として先に潜り込んでいたプレイヤーの一人が浮かない顔をして出てきていた。
「おい、どしたよ。なんかマズイことでもあったんか?」
「いえ……見張りは立っていましたが、仲は驚くほど静かでした。不気味なくらいに。不用心と言っても良いかもしれません」
それはギルマスのカレイヌさんが予想していたことだ。今まで情報が筒抜けだった分、攻められる警戒は薄いとかなんとか。
「なら、何そんなに浮かない顔してんだよ。元気出せよ、な?」
ほぼ初対面の相手に、そう気さくに励まし始める政宗。政宗の面倒見の良い部分が、色濃く出ていた。
「いや、これって……そういうことですよね。大丈夫かなって」
「……ああ。まあ、そりゃあな……」
指示代名詞が豊富に含まれた曖昧な発言だったが、そこにいる全員がその言葉の真意を読み取っていた。
総督府、並びにゴキブリの存在。今まで名言はされなかったが、あいつの口からそれっぽい脅しが出て来る場面を、何度か目にしたことがある。
どの程度の規模かは不明だが、事実として戦力を投入できるだけの権力があるのは間違いないと思う。
その相手に、真正面から喧嘩を売るような行為。すぐ様その方針に、迎合しろって方が無理がある。
ただ一つ言うなら、俺たちが我慢していたのはカレイヌさんのためというのが殆どだった。あの人が、たぶん一番苦労しているだろうし。
そのカレイヌさん自身がこの作戦を打ち立てた。
「それにはきっと意味があるよ。知らないけどさ」
「クローシア」
「ま、気楽にいこーよ。気楽に。例えこれで、兵士かなんかがやって来たところで、リディアさんがやっつけてくれるだろうし」
どこまでも他人任せな発言だった。ただ、その言葉には異常なほどの安心感と信頼感がある。
確かに、あの人一人でどうにかなりそうなんだよな……
「あ、来たみたいですよ。合図」
東の方に、夜の闇を駆け上がるいくつかの硝煙団の煙のようなものが見て取れた。
「それじゃ行くかー。盗賊狩り」
「今日は存分に暴れて良いんだよね? 良いんだよね?」
「やめろよその、戦闘狂ムーブ。偶に怖いんだよ」
◇
「まただよ。こりゃ、ひでーな」
「どうしたんだ、政宗?」
「死体だよ死体。あー、胸糞悪い」
うんざりだ、とでも言うように顔を顰めながら床に転がっている男の死体を指差しながら言う。
死因は頸動脈にある噛みちぎられているような、抉られた後。
生気が完全に失われた状態で、ドバドバと生々しく血を流した状態で倒れている姿を見ると、政宗じゃなくても気持ち悪くなる。
「何も捕まえるだけで、殺す必要はなかっただろうが。これじゃ、どっちが悪なのかわかりゃしねーだろうが、クズがよ」
怒りをぶちまけるように、つらつらと罵声を垂れ流す。見つけた死体が既に五つ目だということもあってか、その怒りはどうにも収まりそうにない。
そういう自分自身、あまり良い気はしなかった。いくらゲーム内とは言えVRはどこも、こういう描写に凝っているから困る。
「何怒ってんの、ただの死体じゃん」
「あ? 今、なんつった?」
「プレイヤーの悪いとこだろ。殺しに忌避感を持っている」
口の軽いしかまるの胸元をグッと掴み上げる政宗……って、
「やめろよ二人とも! こんなところで!」
慌てて二人を引き剥がす。今は仲間内で、剣呑な雰囲気を出してる場合なんかじゃない。
「取り敢えず依頼をこなそう。話はまた後で、な?」
「……チッ」
「はいはい。すみませーん」
NPC、殺せる殺せない問題は、サモナーテイマー論争を差し置いて、このゲーム内最大の対立として存在している。
PKにも、NPCを標的に置かないことを信条にしているヤツもいるぐらいには、この問題は根が深い。
俺としても、勿論反対派だった。
大前提としてNPCの命は貴重だからというのもあるが、何より後戻りできないってのが一番キツい。
NPCの中には、ゲーム内イベントやゲームクリアそのものに関わって来るほどの重要なキャラもいる。
NPC経由の派生イベントやサブクエストまで含めて考えると、その殆どが地雷原みたいなものだ。
過去、あろうかとかこの国の王子を殺そうとしたプレイヤーがいたとかなんとか。頭がおかしいとしか思えない。
「リーダー。そんな死体なんかほっといて、速くいこーよ」
「………テメー、後で覚えてろよ」
喧嘩している二人に急かされるようにその場を後にする。作戦指揮に遅れがでたらマズイしな。
◇◇◇
「狩り得、狩り得」
馬鹿みたいなペースでアホみたいに上がり続けるレベルに、自然と笑いが止まらなくなる。
やっぱり、狩るなら人間だよな。効率が段違いだ。
にしても、サモナーは経験値稼ぐのに楽だな。
倒したヤツの経験値が少しペットの方に吸われるっていう難点はあるが、それでも分担できるってのは何よりも得難い。
それに一人でやるよりも、諸々の成功率が高くなるしな。
『主、主! 妾もいっぱい倒したぞ。あの狼どもには負けはせん』
「おー、偉いな。やっぱり、幻覚とかでやるのか?」
『ふん。このような小物どもに、使うまでもないわ』
それはそれで、なんか解釈違いな気がするけど。
「おっとマズイ、プレイヤーだ」
手速くそう察知すると、空いている部屋へと隠れる。この混乱に乗じて色々やっている身としては、絶対にバレるわけにはいかない。
面倒くさいことになるのは、目に見えてるしな。
しかしあいつら、派手に暴れてくれて本当に助かる。奴らが目立てば目立つほど、こっちの成功率も相対的に上がっていくからな。
逃げ腰になっているヤツを後ろから刺すだけの、簡単なお仕事だ。




