逆襲?
「あ、先輩。学校ぶりっすね!」
「今日は何します? また、繁華街にでも行きますか?」
なんだかんだ、こいつらと知り合って二週間あまり。最近じゃゲームばかりか、学校内でも気を遣っているのか、休み時間のたびに会いに来るような始末。
そんな日々を繰り返していたら、否が応でも興味とは湧いてきてしまうもので。
「お前らって部活とかやってないの?」
そんな何の得にもならない質問をしてしまう。
「入ってないっす! バリバリ帰宅部っすよ!」
「うちの学校強制じゃありませんしね……あ、ハロンちゃんは入ってますよ。女子バスケ部ですね」
「いや聞いてないが」
イメージ的にはピッタリだな。
「ん? バスケ部? 合気道部とかじゃなくてか?」
「何言ってんすか先輩。うちの高校に合気道部は無いっすよ」
「いや、高校のことなんて言われても知らないが」
「ええ……」
なぜかドン引かれた目で見られる。別に良いだろ、高校のことに微塵に興味がなくても。
「はー……どうするかねー」
大広間とも呼べる広さのリビングで、そんな風な無益な会話をしていると、この家の家主が浮かない顔をしてやってくる。
「何かあったんですか?」
「ちょいと面倒くさいことになってね……ああ、あんたらには関係のない話だから、気にしないでおくれよ」
ああ、荒野とかいう奴ら関連でなんか動きがあったのね。リディアのその言い淀んだ様子から、そう察する。
しかし、昨日の今日だろ。
あの桔梗が用意した資料が何らかの働きを見せたとしても、カレイヌの話ではもっと膠着状態は続くものだと思っていたが。
状況が変わったのか。それも劇的に。
そこまで考えたところで馬鹿らしくなってくる。リディアの言う通り、俺らには何の関係もない話だ。
静観を決めるどころか、傍観者ですらない。
「むむむ……そう言われると、益々気になるっすね」
「なら、聞かなかったことにすれば。そんなことより、今日は西区の方面にいかない? 美味しいケーキが食べれる店があるって」
「ケーキ! 賛成っす! こっちだと、いくら食べても太らないんで、マジで最高っすよね!!」
「……上手いこと誤魔化されてる」
扱いやすいヤツで助かる。ここまで素直だと、騙されないか不安になってくるレベルだ。
「はー……気が乗らないねー」
そうやってぼやくリディアを背後に、女子2人は好きなケーキの話で盛り上がっている。
「やっぱりモンブランだよ、モンブラン!」
「えー、チョコケーキの方が美味しいよ?」
「わかってないよ! あの、栗の甘みこそ最高なんだって!」
どうでも良いことで、よくそこまで盛り上がれるな。
後、tier1はチーズケーキだからな? 舐めんなよ小娘ども。
◇◇◇
「みんな、よく集まってくれたね」
冒険者ギルドの地下室。選ばれたものだけが知り得るその隠された部屋には、そこを埋め尽くすほどの冒険者が詰めている。
誰も最低、魅級以上の冒険者。そんな猛者たちがどこぞのセミナーみたいに、均等に並べられた簡易椅子に座って、前に立つ彼ら彼女らの長の言葉をじっと黙って聞いている。
「今回集まってもらったのは他でもない。やっと彼らを叩く算段をつけることができた。だからその討伐に、実力者である君たちに協力してもらおうと思ってね」
驚きの声をあげるものは誰一人としていない。勿論、その彼らが何を指すのかを尋ねる者も。
「作戦の概要を話す前に、まずは皆んなが気になっているだろうことから説明しておこうか。初めに言っておくと、この作戦は完全に秘密裏の元で行われる」
驚くほどハッキリと、敵の存在を仄めかす発言。
今度の発言は少しばかり反応があった。少量だがざわつく声があがったし、動揺を隠しきれてない者も幾人かいる。
敵の存在その者に関してではない。口には出してはいなかったが、この中の誰一人、いやギルドに所属している誰一人として、ある男の妨害を感じないものはいなかった。
それでも事情を知ってか煮湯を飲むように我慢してきた身からしたら、寝耳に水とも言える方針変換。
その反応はまさしく、その作戦の安全性を問うものだった。
「ああ、安心して欲しい。彼の問題は完璧に片付いた」
完璧、彼女にしては似つかわしくないほどに強い言葉にその場にいる誰もが息を飲む。
そこまで言われたら不安など、感じれるわけもなかった。
「今回の行動はまず、相手側にバレることは無いと考えて欲しい。それに加えて、今まで手に入れられなかった彼らの正確な情報をこちらは入手している。手札は完璧に近いと言っておくよ」
「はいはーい! なら、質問があるんですけど」
「……質疑応答の時間は概要を話し終わった後に設ける予定だったんだけど……クローシア?」
「良いじゃないですか、少しくらい。で、質問なんですけど、手札が完璧に揃っているって言うなら、なんでここにリディアさんがいないんですか? ここに籍を置いている個人として、最高戦力ですよね?」
その恐れ知らずの質問に追随するように、全員の視線がカレイヌへと突き刺さる。それを受けて、カレイヌは苦々しい顔を浮かべた。
「過剰だから……って、理由じゃダメかい?」
「納得できませんよ」
「まあ、そうだね。そうだろうね。一応言っておくけど、声はかけている。ただ、あまり期待はしないで欲しい。理由は詳しくは言えないけど、彼女にも事情があるんだ」
一部を除いて、殆ど全員が不思議そうな表情をする。
このギルドに在籍している、二人の死級の冒険者。一人は勿論、リディアなわけだが、その片割れについて知っている人物は少ない。
「それじゃ作戦を説明する。といっても、そんなに大それたものじゃないけど」
そう説明した通り、カレイヌの話した作戦はとても作戦と呼べるような綺麗なものじゃなかった。
不細工と言えまるまでの、物量によるゴリ押し。
アジトの全ての出入り口から戦力を投入して、巣穴内で一網打尽にするというシンプルすぎる代物。
ただ、誰もがその作戦の成功を疑わなかった。
自分たちの実力を過信したわけではない。説明の中で前に示された資料、敵の内情を丸裸にする過剰とも言えるほどに正確なそれらが彼らに自信を与える。
特に内部の構造を記した見取り図に関しては、ところどころで感嘆の声が漏れるほどに良くできていた。
東京駅のように複雑な巣穴の構造を、隅から隅まで模写して図解した傑作。12とある隠し通路を含めた出入り口の場所まで、全て描かれている。
誰もが、それを個人の手でしかも一週間足らずで作り上げたなど、夢にも思っていない様子だった。
「では、ここまででの説明で質問のある人はいるかい?」
「お、教えてくれ。この資料は全部、本当のものなのか?」
あまりにも出来過ぎた資料のため、そんな答えのわかりきった質問をするものまで現れる始末。
勿論質問した本人も、カレイヌが偽の資料を掴まされ、剰えそれを持ってくるような間抜けではないことは知っている。
むしろ、現役の頃は頭脳派として名を馳せたほどなのだから。
それでも尋ねずにはいられない。自分たちのギルドマスターへの信頼を、軽々と越えるほどにそれは衝撃的なものだった。
「勿論、先程提示して見せた資料はどれも本物だ。間違ったことは一つも書かれていない。それは私が保証しよう。不満かい?」
「い、いや! とんでもない! それなら良いんだ、それなら。くだらないことを聞いて悪かったな」
「とんでもない、当然の疑問さ。私自信今でも不思議なんだから」
そこでカレイヌは、自分の協力者の顔を思い浮かべる。
今まで、何度か彼女に仕事を頼んだことがあった。だが、今尚彼女の仕事ぶりには慣れないな、と困ったような笑みを浮かべる。
彼女自身冒険者として、傑物と呼ばれる人物と何度も仕事を共にすることがあった。
それでも、そのいずれもリディア以下。あの化け物みたいな友人と、出会った衝撃を超えるものは現れなかった。
だが、今ではその協力者に、リディアと同等かそれ以上の恐怖を感じることがあると、最近になって気づく。
そんな才能に当てられて尚、カレイヌは笑みを崩すことは無い。むしろ喜ばしいことだと、更にその笑みを深くするのだった。




