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Seven for Heaven   作者: たいやき
ガーデインにて
53/61

少女?

「それで、何か用ですか?」

「いえいえ、用だなんてそんなそんな……」


(薄汚いゴキブリが)


ヤツの言葉を右から左に流しながら、頭の中で酷い悪態を吐く。


聞き流したところでさほど問題はない。仰々しく言葉を飾り立ててはいるが、端的に言えば金の無心をしに来ていた。それをよくぞここまで……呆れを通り越して、軽蔑する。


「仕方ない話ですが、何事にも金は必要となってくるものでして」

「当然ですね」


その金の使い道は女と酒だろうが、愚物が。


「……む? どうかされたたのですか、アルリゾート殿。浮かない顔を、されているようですが」

「いえ……最近、ある盗賊団に悩まされていましてね」


その名を口にすると、あからさまな反応を示す。ポーカーフェイスの一つもろくにできないのか。


「あ、ああ。あの、荒野とかいう輩ですか」

「ええ、恥ずかしい話ですが」

「いえいえ何を恥ずかしがることを。聞けばその相手は襲撃をいち早く察してアジトを移すような狡猾な相手。簡単には捕まえられずとも無理はないでしょう」


(どの口がっ!!!)


浮きそうになった腰を必死に抑える。


今までの襲撃が失敗したのも、全てこの男のせいだった。こいつが端金と引き換えに、情報を先流ししている。


ここまで間抜けな虫も珍しい。だが、それをわかっている上で咎めれない私の方が、その何倍も間抜けだった。


奴らに懸賞金をかけたのも討伐の依頼をギルドに要請してきたのも、全てあの盗賊団のため。

その思惑に嵌って、今まで何人の異邦人が犠牲になったか。


そのくせ、本格的に討伐隊を組んだら、いち早くそれを奴らに伝える。出した依頼の進捗を一々聞いて来るのも、そのためだった。


丸々と太った身体が、その裏切りで得た金で私服を肥やしてきたのを、ありありと窺わせる。


(………処罰できれば、どれほど簡単だろうな)


「………? 何かございましたか?」

「いや、なんでも」


総督府という立ち位置が、恨めしいぐらい嫌になってくる。ここで対処すれば、闘争になるのは目に見えてるか……。


だとしても。だとしても、だ。このままで良いはずがない。


(せめて、ステイルだけでもなんとかしないとな……)


目の前の男の臭い口から垂れ流される甘言を聞き流しながら、どう対処すべきか考えを巡らせるのだった。



◇◇◇



「失礼。今、良いかしら」


冒険者と呼ばれる比較的、ガラの良いとは言えない荒くれ者どもが下品な笑い声を上げるその場所に、凛とした涼しい声が響き渡る。


「誰だアイツ?」

「さあ……冒険者ってわけじゃ、なさそうだけど」


その冷ややかな声音とは裏腹に、声の主はとても幼く。ただ、無邪気というわけでもない。

仲間を悪く言うようだが、クロよりは余程大人びている。


「おいおい、なんだ嬢ちゃん。ここはガキの来るとこじゃねぇぜ」

「わかったらさっさと家に帰って、パパのナニでもしゃぶってな」


が、とはいえ幼い少女は事実なわけで。テンプレが如く、そこにたむろしていた冒険者の何人かが、大人気なく聞くに耐えない罵声を浴びせる。

ママのおっぱいでもしゃぶってなって、相手の性別を逆にしたら、史上最低な下ネタになるんだな。


同じ職種に就くものとして恥ずかしいことこの上ない。しかもタチが悪いのは、今暴言を投げかけた中のほとんどが異邦人、つまりプレイヤーってこと。


面白がって、創作物でよく見かける冒険者としてのテンプレートをなぞっている。


「おい、お前ら良い加減に」

「黙れ下郎どもが!! その汚いナニを握り潰すぞ!!」


流石に見てられず口を出そうとしたところで、その少女の後ろに控えていた冒険者風の女性の物凄い剣幕と圧に、他の冒険者同様萎縮して何も言えなくなる。


ステータスを見れば、『怯え』の状態異常にかかっている。この様子だと、おそらく押し黙っている他の奴らも全員。


腰元の武器に伸ばした手がかたかたと、否応なしに震える。

俺のレベルに比例して、有志のプレイヤーが存在を証明した状態異常への効きにくさを示す、精神力の数値はそれなりに高いはず。

それに加えユニバーサルで、それ系への耐性スキルを取っている。


だというのに、それら全てが貫通された。なけなしのプライドが傷つけられると同時に、目の前の少女に対する疑問が湧き上がる。


「ヒヨリ。静かにしてて」

「し、しかし、お………キャシー様。この者たちは」

「うるさい」


その鶴の一声で、先ほどまでの敵に向けるような目はどこへやら、ガックリと項垂れてしまう女性。


ここに入ってきた時の立ち位置や、先ほどのやり取りで両者間の力関係は見て取れる。

ただ、どう言う関係性かまではわからない。師匠と弟子ってわけでも、ないだろうし。


「ここのギルドマスターに会いたいのだけれど、居場所を知っている人はいるかしら」


その大きくはないが鋭く芯の籠った声が、無駄口を叩くことさえ禁止されたこの空間によく通る。


「あ、あの。カレイヌ様は今はお休みになられていて」


その問いかけに、萎縮されて誰も答えようとしないことに、控えていた女性が痺れを切らしそうになったところで、弾かれたように気の弱そうな受付嬢が答える。今にも泣きそうな顔をしていた。


「お休みにだと? ふざけているのか?」

「ヒッ!? ご、ごめんなさい!」

「ヒヨリ、いい加減にして。休んでいるならしょうがないでしょ」


幼いながら、驚くほど良識的な意見を述べる。同じような状況で、人目を憚ることなく声を荒げていた誰かさんと、対比するかのような光景だ。


「悪いけど、順番を譲ってくれると助かるわ」


ふわっと、身につけていた似つかわしくないほどのボロボロのローブのフードを脱ぎ、礼儀だとでも言うように顔を見せた上で、カウンターに並んでいた冒険者たちに頼み込む。


先ほどまで流れていた舐めた空気は消え、言われるがまま一斉に道を開けるその光景は、モーゼの有名な逸話を思い出すほどだった。


後ろからだが、フードの中から現れるその青い銀髪は、思わず目が離せないほど綺麗で。感嘆の声が漏れてしまう。



「これ、ギルドマスターさんに渡してくれると助かるわ」

「は………はいっ」


声を裏返しながら、下賜を賜るが如く恭しくそれを受け取る。


「おい、あれって」

「ああ、魔道具だ。しかもとびきり高級なやつ」


魔道具の中でも、広く扱われている代物。

見た目はただの便箋にしか見えないが、受取人以外が開けようとすると自動的に発火し消滅するという、魔道具らしいもの。


秘匿性のある手紙を送るときによく利用され、市民から貴族まで幅広い層に人気のある一品のため、その便箋にもランクがある。


勿論、最低ランクでも買うのを躊躇いたくなる値段がするが、最高ランクともなると、希少な骨董品に並ぶ値段がするという。


そして多分あれだ。あれがその、馬鹿みたいな値段がするという最高ランクの便箋。見たことはないけど、疑いようのないという不思議な感覚に支配される。


「それじゃ、きちんと渡してくださいね」

「こ、この身に変えましても!!」


もはや受付嬢さんのキャラさえ変わってしまった。この世界にあることが不思議な、敬礼のポーズで去っていくその少女を見送る。


「だ、大丈夫でしたか? 何かお怪我等は」

「馬鹿にしてるの? 何もなかったのは、貴方も見てたでしょ」

「いえ、それでも不安なのです。やはり前も申しましたが、このような雑務は私に任せて頂ければと」

「いやよ。貴方に任せたら、名声が堕ちてしまうわ」


過度に心配性な従者と、それを意に介さない主人というムーブを崩さないまま、彼女たちは冒険者ギルドを後にする。



『怯え』という状態異常が解けた後も、ギルド内に流れる嫌な静けさは消えることがない。

ただ植え付けられた疑問という種に、ただみんな押し黙っていた。

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